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消された理由(上)

「管制システムに無断でアクセスした~っ!?」


 オレは思わず声を大きくしてリクに聞き返していた。


 翌日の昼休み、学校の屋上でのことだ。


 メールでここに呼び出されたオレは、まずまっ先にリクそう聞かされたんだよ。

 とは言え、そんなふうに大げさに言ってみたはいいものの、実はその『管制システム』とやらが、オレには何なのか分かってはいなかったりする。

 ただ、リクの言ったことが良い事じゃあないってことくらいは、話の流れから理解はしてたよ。


「シッ。声が大きいっ」


 慌ててリクに止められて、オレはほとんど反射的に口を閉じていた。


 屋上にはオレたち二人だけしかいなかったが、いまは昼休みだ。

 他の誰かが上ってくるとも限らない。


 オレはリクに謝ってから恐る恐る聞いていた。


「で、いいのかよ? その管制システムってのに、勝手にそんなことして?」


 そしたら白い目でリクはオレを見て、


「ダメに決まってるじゃない。でなければ『無断で』なんて言葉、わざわざ使わないわよ」


 ごもっとも。


 オレは頭をがりがりと掻く。

 つまり、それだけのリスクを背負っても、調べたかったことがあったってことらしい。


「で、なにが分かったんだ?」


「いろいろとね。だけど、まず、その管制システムについて説明しておく方が先。でしょ?」


 うへっ。やっぱバレてたか。


 苦笑いするオレにリクが話し出す。


「管制システムっていうのは、椿家の監視下にある妖気の定点ていてん観測装置のことよ。それによって危険な封印を破って、妖魔がクレバスから現れてないかいつも監視してるの」


 なんだか聞き慣れない単語が並んでるが、要はそれはレーダーみたいなものらしい。

 それでどこに妖魔が現れたのか、この街の中なら確実に把握できるんだと。

 昨日、クレーターに椿家の人間が公的機関より早く現れたのも、それのおかげらしい。


 けど、意外だったのはそういうシステムが予想以上にハイテク化されてることだ。

 旧家の集まりっていうから、もっと古典的な組織というか、やり方をしてるもんだとばかり思ってたけど、それは偏見だったらしい。

 クレーターにオレが居たときも確かにそうだったけど、あの場に現れた黒服たちもいろんな機材を入れたケースを現場に持ち運んでいた。


「それで分かったことなんだけど、ツキグモの言うとおりだったってことよ。昨日のことが異常なことだったの」


「異常なこと?」


 オレの問いかけにリクは真顔で頷いていた。


「管制システムのログが残されていなかった」


「……つまり?」


「――昨日の妖魔が現れた時のデータ――その記録が全て削除されていたということよ。それは事故ではなく、故意に」


 となると――


「誰かが見られちゃ困る、そう思ったってことか?」


 オレは言う。


「えぇ、その可能性が大きいということね。普通は消されるはずのないデータだから」


 だから異常なこと、とリクは言ったらしい。

 そうなると怪しむべきは消した人間だが、その意図にもちょっと疑問が残る。


「ちなみにそれが出来るのは?」


「もちろん椿の家の者だけよ。ただ、私のように無断でしようと思えばできなくもない」


「ってことは、誰だって出来ってことになるな。けど、それでも一つだけ確かなことは、それは妖魔の仕業じゃないってこと。だろ?」


 リクは頷く。


「妖魔が侵入すればそれこそ一大事だから、誰も気付かなかったなんてことはありえない。それに妖魔対策は施してある施設だから。それだけに問題だとも言えるのよね。今回のことは管制システムで私が調べる以前の問題だったし」


 ってことは、ん? 話からすると本当の目的はそうじゃなかったのか?


 オレは気になって聞いていた。


「だったらリクはそこでなにを調べるつもりで――」


 いたんだ? オレはそう聞こうとする。

 が、それはできなかった。

 なぜなら、突然リクが深刻な顔をしてオレに迫ってきて――


 近っ!

 って、近い近い!

 な、何して――!?


 ハッ!?

 

 ま、まさかこんなところでオレにキキキキキス――


「むぐっ……」


 ……しねぇよな、やっぱり。


「……」


 オレはリクに唇を無遠慮につままれてたよ。


(あんた、付けられたでしょ?)


 厳しい口調で言ってくる。


「な、なんひゃそりゃ?(訳・な、なんじゃそりゃ?)」


 心当たりのないことを言われて、目を瞬かせるオレ。

 リクは「そう」と呟いて目を伏せると、オレの唇から手をどけていた。


「まぁ、自覚がないのは罪だとも思うけど」


 リクは嘆息し、目線でオレの後ろを示していた。

 そこにはこの屋上へと上がってくる階段へと続くドアがあった。

 オレがその目線に教えられて目をやると、ドアが少しだけ開いていて、そこからどこかで見た顔がチラチラと覗いていた。


 あの逆ナイロールの特徴的な眼鏡。


「七川か……」


 どうやら昼休みになって、教室から出たオレを追ってきたらしい。

 またリクと会ってるんじゃないかとでも思ったのかもな。

 なかなか執念深い。


 どうにかするべきだよな――


「って、え? お、おい、リク?」


 そんなことをオレが思ってると、リクが意気なりオレのそばを離れて、ドアに向かって歩き始めていた。

 確かに七川はバレバレで目障りではあったんだが、そんなあからさまに行くかよ普通?


「バカ。待てって。まさか手荒なことすんじゃ――」


 ないよな?

 けど、そうオレが最後まで言う時間はなかった。

 一瞬だったからだ。

 リクの身体が、ある一線を越えたその瞬間に、その部分から彼女の姿が変化していた。


 美しい藍色だった。


 妖衣ドレス――


 たぶん、それがリクの妖衣ドレスをまとった時の姿なんだろう。

 制服が、やや胸を強調した深い藍色の長衣へと変わっていた。

 顎先まで覆い隠すえりを備えたノースリーブのその長衣に、髪の色、目の色も同じく藍へと色を移していた。

 凜として、その気高い色はまるで夜明け前の深い海の色のようにオレには見えたよ。


 リクも妖衣ドレスをまとえるらしい。

 その事実に、オレはまず驚いていた。

 そして、もう一つ。

 それを、七川にも見られちまってるってことなんだが、いいのか?

 冷や冷やしながらオレが見守ってると、リクは言う。


「見てて」


 そして七川はと言えば、彼女は驚きのあまり、ドアノブから思わず手を離してしまっていた。

 慣性でドアが開いて、こちらからその姿が丸見になっている。

 そんな彼女の前で、リクは背中から右手で、何かを引き抜くような素振りを見せていた。


「!?」


 次の瞬間、その右手に現れたのは矢だ。


「リクっ!」


 オレは思わず声を出してたよ。

 それは実体のある物質じゃあない。

 言うなればエネルギーとしてその場に形を成している、気の集まりのようなものだ。

 オレも試したことがあるからよくわかる。


 気――たぶんこの場合は妖気って表現した方がしっくり来るんだろうが、妖衣ドレスをまとっていると、それで自分のイメージする物を作り出す事が出来るようになるんだ。

 ただ注意しなけりゃならないのは、それには実体こそないが、イメージした性質がちゃんと備わってるってことだ。

 だから、より具体的なイメージを持ってないと作れないし、そうして作られた物には、ちゃんと感触だってあるということでもある。

 とどのつまり、それで七川を突くことだって出来ちまうってわけだ。


 だから思わずオレはリクを呼んで止めようとしてたんだが、それは勘違いもいいところだったらしい。


 リクは矢を手の中で半回転させて向きを変えると、羽根で軽く七川を薙いだだけだったからだ。そして彼女は呟いた。


「これは夢。だから安心して眠りなさい」


 その瞬間、ふっと七川の身体から力が抜けて、リクが倒れそうになるその彼女の身体を抱き留めていた。


 まるで魔法だった。


「……な、なにしたんだ?」


 驚きながらオレが聞くと、


「気を失わせただけよ」


 リクは淡々と言った。


 そんなことができるのか?

 それがリクの妖衣ドレスの力なのか?

 実際やって見せたのだから、それでもオレはそれを信じるしかないが。


 リクは驚いているオレをよそに、七川を近くの壁にもたれかけさせるように寝かせ、


「ついでだから、人払いの陣も張っておくわ」


 さらにそう言って、まだ持っていた矢を階段の降り口に突き立てていた。

 矢はすぐに光の欠片となってその場で霧散していたが、リクの言葉通りならばそれで人払いの陣が張れたということらしい。


「これで誰も近づけない」


 その言葉で彼女の身体から藍色の光がはじけて、リクは元の姿に戻っていた。

 夢でも見ているかのような気分だったが、現実だってのはもちろんわかってる。

 リクは妖衣ドレスをまとって確かに力を使ったんだ。


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