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どうやらオレは伝書猫(でんしょねこ)を飼うようです。

「……まさかお前、ツキだったりするのか?」


 すると女はフフンと鷹揚おうように顔を上向かせて、


「なんだ、やっと気付いたのかよ? そうだよ、あたしはツキグモだよ。あまりの可憐さに度肝どぎもを抜かれただろ?」


「度肝って……」


 可憐な乙女はたぶん、そんな言葉遣いはせん気がするが。

 とは言え、驚きだよな。

 さすがにツキグモが人の姿になれるなんてお思いもしなかったからな。

 けど、それ以上に意外だったのは実はもう一つの方なんだけどな。


「……お前、女だったんだな?」


「んなっ!? ハアァァッ!? 死ねよ、お前っ! あっちの姿の時でもあふれるほどのフェロモン出てただろうが!?」


「……ふぇ、フェロモン」


 いや、返答に困りますよ、正直それは。

 だって、出てた覚えは……うーん……。


「ったく、これだから非モテ男子は。ここはウソでもうんと頷いとく場面だろ?」


 へいへい。


「で、結局のところは、なにしに来たんだよ?」


 思い出したようにツキグモは「おう」と言って手のひらを叩いていた。


「そうだよ、そう。アレだよ、アレ。寂しいだろうなーと思ったからだよ。一人暮らしっていうのはな。だから、わざわざこうして来てやったんだよ。感謝しろよな?」


 ホントかよ?


 ……いや、嘘だな。

 あぁ、大嘘だ。

 現に、目の中に嘘って書いてある。


「どうせエサが目的なんだろ?」


「!?」


 あっさり言われ、ツキグモの頭にぴょこんとネコ耳が生えていた。

 図星だったか。


 けど、いいな、そのネコ耳。ちょっと可愛いぞ。


「ち、違うっ。べ、別に欲しくなんかないんだからねっ」


「あ、そうなの? なら、やらんからな」


「ふぎゃっ!? ご、ご無体むたいな~~~っ!」


 変わり身はや!


 手を必死に伸ばして、すがりついてくるツキグモにオレは思わず笑っちまったよ。

 ツンデレなんてしようとするからだ。


「ま、でも、昨日お前が強奪したチクワの残りはまだ冷蔵庫に入ってるな」


「お邪魔しまーすっ!」


「遠慮なしかよっ!」


 台所に直行するツキグモ。

 その後を追って行き、オレが冷蔵庫からチクワを一本出してやると、早速ヤツはそれをくわえ込んでいた。


「むぐむぐはぐっ」


 どんだけ腹減ってたんだか。


「ごっつぉさーん」


 あっという間に完食だ。


「へいへい。お粗末様~」


 オレがそう答えてやると、


「さて」


 ツキグモはオレの方を見て、なぜだかにやりとしていた。


「ま、ご相伴しょうばんに預かるだけじゃ悪いと思ってな、今回は一応、礼も考えてきてるんだよな。だから、わざわざこの姿で来てやったんだぜ?

 ほら、いいぜ、いつでもな。お前のチクワもくわえてやるぜ? そうすれば男どもはみんな喜ぶんだろ? コンビニにあった袋閉じっつーの? そういうのがされてた雑誌にはそう書いてあったからな。間違いないだろ?」


 は?


 ……。


 コイツ、いま、なんかすごいこと言わなかったか?


「ほら、どうした?」


 真顔のツキグモ。


 げっ。

 マジか!? マジで言ってんのか?


 さすがにオレは生唾を飲み込んだよ。

 なまじツキグモが美形なだけあって、その言葉は恐ろしいほどの破壊力を秘めている。


「いいぜ、いつでもな。ほらとっとと下脱げよ」


 おおおおおおお!

 こ、これは!?


 ――けど、だ。

 オレの心臓の高鳴りが最高潮に達するのとほぼ同時。

 ツキグモは意地悪そうに笑いだしていた。


 ニシシシシシ


「バーカバーカ! 冗談に決まってんだろうが、このド変態っ」


「……」


 ぐはぁぁぁぁっっ!


 深々と項垂うなだれるオレ。


 ったく、勘弁してくれ!! お前の冗談は、規格外過ぎるだろっ。


「がっかりしたか? なぁがっかりしたか? それとも安心したか?」


 うっさいっ! そのどっちもだっ!

 しかも男の純情をもてあそぶとは、実にけしからんっ!

 いまだにドキドキが止まらんだろーがっ。


「まー、でもな。正直なとこを言わせてもらうと――」


 なぜだかツキグモがチラッとオレの下半身を見る。


「あたしとしては、妖魔と人間の合いの子ってヤツには興味があるんだけどな」


 ピクリ。

 オレの耳が動いた。


 ど、どういう意味だ、それは?


「ま、そっちは気が向いたらでいいぜ?」


「え゛?」


「『え゛?』って……どんなリアクションだよ! もうちょっとましなリアクション取れるだろ? しかも、それを詳しくあたしに問うって――どんだけSなんだお前?

 ……あ、いや、べ、別に、嫌いじゃあないんだけどさ……そういうのもさ」


 ……あ、アレ? 

 なんかはにかんでる……のか?


「じゃ、じゃあだ! そうだよなっ。言う機会もそうないかもだし? そういうことなら、言っておいてもいいよな? 

 あ、けど、一回だけだぞ! 一回だけしか言わねぇからな!?


 ……そ、その、あたしとや――ヤろうぜ、一回くらい!! そ、そのうちな!!」


 ……。


 オレはぽかんとしたよ。

 そして、ツキグモが言ってる言葉を理解して、オレは急に顔がカッカとしてくるのが分かった。


 そもそもそんな恥ずかしそうに、しかもネコ耳を生やしながら言うのは、すでに可愛すぎて反則だろ!?


 つか! こっちまでそれが伝染して、胸がバクバクしてきたし!


「……」


「……」


 って、アレ?

 なんで急にそっちも黙った?


 何この沈黙?


 うっわ。

 なにこれ、すっごく恥ずかしいんですけど?


 チラリと視線を上げると、ツキグモと目が合うし。


 もしや、これって――

 このまま大人タイムに――


「って、いい加減なんか言えよ!」


 デスヨネー。


 沈黙に耐えかねたツキグモに怒られる。

 ただ返事を待ってただけか。


 バカはオレだったらしい。


 けど、そうは言われてもな。こんな時ってどう返事すればいいんだ?

 まったくわからん。


 うーむ……

 

「……んじゃあとりあえず、ありがとう?」


「どういたしまして――ってアホか! しかもとりあえずってなんだよ! もういいよ!」 


 ぷいっとツキグモは顔を背ける。


 さすがオレ。

 へたれ加減が実にすばらしい。


 けど、それでちょっとはツキグモも冷静さを取り戻したらしい。

 ただ、なぜだかそれで猫耳は垂れていたが――

 いや、まぁ、それは考えまい。 


「……ほらよ、これな」


 ツキグモが、ぶっきらぼうに何かを差し出して来た。


 メモ用紙だ。


「預かってきたんだよ」


 オレは二つ折りにされていたその紙片を受け取り、開いた。

 すると、そこに書かれていたのは電話番号とメアドだった。

 誰のものかはわからない。

 それしか書かれてなかったからだ。


 視線でツキグモに尋ねると、


「明日葉の当主様からだよ」


 ってことは、


「リク?」


 オレはもう一度、そのメモに目を落としていた。

 つまりツキグモはただ単にエサにあり付きに来ただけではなかったということらしい。

 リクから頼まれて家に来た、と。


「逢い引きのお誘いなんじゃねぇのか?」


「ぶっ!?」


 ツキグモに唐突に言われてオレは思わず見返す。


 けど、なんでそう言った本人が不満そうな顔なんだよ?

 ツッコむにツッコめねぇし。


「んで、リクはなんか言ってたのか?」


「なにかあれば連絡するようにってさ。ただ……」


「『ただ』?」


 オレが聞き返す。


「ただ、重要なことはメールや電話では連絡するなって」


 もしかしてそれはよくスパイ映画でありがちな、盗聴の可能性があるからとか?

 だとすると五葉家っていうのは、そんなことも出来る大がかりな組織って事になるが、まさかな。


「あと、それとな」


「ん?」


「今日は忙しいから連絡するな、とも言ってたな」


「……ハ? なんじゃそら」


 だったら、これを教えるのは今日でもなくてよかったんじゃないのか? 学校で明日も会えるだろうに。


「ま、何かあったときのための保険みたいなもんだろ?」


 ツキグモが言う。


「……保険ね」


 そう言われると、そういうこともあるのかもって気にはなる。

 何かがオレの周囲で起きないって保証もないわけだし。


「なんかいよいよエライことになってる感があるな」


 オレはそんなことを改めて実感してたよ。

 不謹慎かもしれないが、そこにちょっとワクワクしてる自分もいた。


 けど、リクにしてみればきっとそうじゃあないんだよな。

 五葉家の意志に反して自ら、事件に関わろうとしてるんだから、もっと重く、それこそもっと真剣に考えてるはずだ。

 オレも遊び半分の気持ちでやるわけにはいかない。


「んじゃ、そういうことだからな。今日からよろしくな」


「あぁ、よろしく――って、なんでだよ!?」


 思わずツキグモから向けられた言葉に頷きそうになって、オレはそのままヤツを見返していた。


「だから、同居人」


 ツキグモが自分自身を指さして言う。


「同居人?」


「ここに住むんだよ。いまそう決めた」


「誰が?」


「あたしがに決まってるだろ?」


「……な、なに言ってんだよ?」


伝書猫でんしょねこ


 それはもうニコニコしながらツキグモが言葉を繋げて、オレはしばし深刻に考えたよ。


「……まさかそれは、重要な連絡はお前がリクのところまで運んでいくから、しばらく泊めろってことを言いたいのか?」


 ほぼエサ目当てなのはバレバレだけどなっ!


「いいだろ? 便利だと思うぜ、伝書猫。それにそれだけじゃあないぜ?」


「なんだよ?」


「お前の性処理の相手もしてやれる」


「ゲホッ! クハックホーッ! ……い、いい加減にしとけよお前っ」


 セクハラ過ぎんだろ!

 とは言え、それはそれで悪くは――ゲフンゲフンッ。


「ニシシシシッ。想像しただろ? このド変態っ」


「う、うっせっ!」


 わざとかよっ!


 まったく、調子が狂う。

 けど、実は同居人ってのは、正直心強い気はする。

 オレは前の家は五人で住んでたからな。

 たしかに一人は一人で楽ではあるんだが、昨日一日、一人で過ごしてみて思ったよ。

 あまりに静かで、なんだか妙に落ち着かなかったってな。

 慣れてないせいも多分にあるんだろうが、こんな田舎になると夜は恐ろしく静かで、本当に寂しいっていうのはこういうものなのかって分かった気がしたよ。

 だから、見たい番組もないのにTVをつけてないと落ち着かなかった。

 そう言う意味では、一人じゃないって言うのはいいもんかもしれない。


「ま、飯に関しては贅沢言うなよ」


「文句は言うけどな」


「ったく、口の減らない猫だ」


「ニシシシシッ」


 ツキグモは笑っていた。

 どうやら今夜からは一人暮らしではなくなるらしい。

 一人と一匹暮らし。

 それも悪くないかもなとオレは思ったよ。

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