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部外者一名?

宗主そうしゅ様っ!」


 リクが目を見張っていた。


 宗主?


 白髪交じりの顎髭あごひげたくわえた、いかめしい顔つきの老人だった。

 宗主――五葉家のトップ。

 つまり椿の当主ということか?


明日葉あしたばか……。そうか、まだいたとはな。あのバカ孫は伝えるべきことを何一つとして伝えなかったか。

 ならば改めて言う。貴様はもういい。おとなしくここを去れ。ここは我らが取り仕切る。そう決まったのだ」


 まるでくだらないものでも見るような目つきで老人はリクを見て、そう言った。

 似てると思った、その目つきが、だ。

 あの鋼士郎こうしろうとか言うヤツとそっくりだ。


「と、取り仕切るというのは――一体どういう……?」


 リクはひどく慌てていた。

 寝耳に水。

 彼女にとって想定外の事態が起きているのはあきらかだった。

 

「二度も言わねばわからんか?」


 ぐっとリクが言葉を飲んでいた。


 わからないわけじゃない。

 わかりたくないんだよ。


 空気が重苦しく、沈んでいくようだった。

 息が詰まるようなやりとりだった。


 だが、リクはそれでも意を決して、宗主に言葉を向けていた。


「……宗主様。こう見えても、これまで十分に職務を果たしてきたつもりです。わたしも凋落しゅうらくしたとは言え、明日葉の当主。十分に対処すべきことは心得て――」


「貴様の意見などなぜ聞く必要がある?」


 老人がリクの言葉を平然と踏みにじっていた。

 リクは赤子同然だったよ。

 呆然とその場に立つしかなくなっていた。

 

「いちいち言わねば、理解せぬのなら貴様もあのバカ孫と大差など無い。貴様のような小娘の手には余る。そう言っているのだ。そんなことも貴様にはわからんのか?」


「っ……」


 リクはそれで完全に言うべき言葉を失っていた。

 屈していた。

 それまで老人に向けられていた、リクの視線もただ地面に張り付くだけになっていた。


「椿への恩を仇で返すつもりがないのならば、ただ指示に従っていればよいのだ。それが明日葉の責務。そうだったはずだ」


 オレはその時見たよ。

 老人に言われ、リクの手がぎゅっと拳になるのをな。

 そして思った。


 あぁ、ここだってな。


 オレが一歩を踏み出すのは、ここしかないんじゃないかって。


「行こう」


 オレは彼女の手を引いていた。

 その場に留まろうとするリクを、無理矢理その場から引きはがすように連れて、オレはその場をあとにしていた。


 リクはそんなオレに「嫌だ」とは言わなかったよ。

 けど、そう言いたかったんだってのは、よく分かった。

 彼女はオレの手を痛いくらいに握り返してきてたからな。


 リクは言えるはずがなかったんだよ。

 それ以上は当主の言葉に反することになるからだ。


 そして無言のまま、その場をあとにしたオレたちがやってきたのは、オレがさっきまでいた公園のベンチだった。


 リクは唇を噛んだまま悔しげにして、しばらく黙り込んでいた。

 そんな彼女をオレはベンチに座らせると、自販機でジュースを買ってきてそれを差し出していた。

 気休めにでもなればと思ったんだよ。


 そしたらだ。


「……情けないよね」


 ジュースを受け取って封を切ろうともせず、両手で持ったそれを膝の上にのせたまま、彼女はぽつりと言った。


 オレはちょっとだけ離れるように間を空けてリクの横に座ると、ただその言葉を聞いていた。

 挟む言葉が見つからなかったからだ。

 慰めればいいのか、励ませばいいのか、それともただ頷いていればいいのか。

 もどかしかったよ。

 オレはリクのことをあまりに知らないからな。

 けど、何も言わない方がよかったのかもしれない。


 リクは言った。


「妖魔が起こした事件の処理は本当はあたしたちの仕事なのよ。秘密裏のうちに、誰にも知られないように事を収める。


 今日みたいなこれほど大規模なことなんて滅多にないことだけど、それでもそれが五葉家の存在意義だから、あたしもその責任に従って今日までやってきた。そして今までその全てを、うまくやり遂げてきた。


 いつか今日みたいなことが起きたとしても、きっとやり遂げてみせるんだって思って。それが明日葉の家を再興する一番の近道なんだって思ってたから――」


 そこまでリクはオレに話すと、まるでさでも晴らすかのように乱暴にジュースの封を切って、一気にジュースをあおっていた。

 そして、クカンッ! と、ベンチに叩き付けるように空になった缶を置くと、今度はせきを切ったように声を大にして言っていた。


「けど! いざそうなったら何? 何なのよこの様は! 何もやらせてもらえないっ。何も言い返せないっ。言いなりになるだけ!?


 関わるなって、あんたに言ったみたいにあたしが今度は部外者よっ。今ならあんたの気持ちがわかるわっ。皮肉だけどね!」


 そしてリクはオレの方を恨みがましい目で見て、


「なんであたしを連れ出したのよ!」


「……」


 て、手厳しいな、おい。

 そんな睨まなくてもさ。


 もちろん、オレだってそれが八つ当たりだってことくらいすぐに分かったよ。

 けど、言わせてもらうならあそこにいたって結局、何も変わらなかったはずなんだよな。

 堂々巡りになるだけだ。いや、それどころかリクの立場がますます悪くなったかもしれない。

 だから、オレはあの場はすんなり出て行って正解だと思ってる。

 それはリクだってたぶん分かってるはずだ。いまは感情的になっていたとしてもな。


 オレはあえて何も言わず、そしてリクはそんなオレを見て深くため息をついていた。


「……ごめん、ありがとね」


 言いたいことを言ってちょっと落ち着いたんだろうな。

 リクはベンチから立ち上がると、腕を伸ばして背伸びをしていた。

 そしてオレを振り返って、


「関わるなって言ったのに、あたしが言ってりゃ世話ないよね」


 小さく舌を出してちょっとだけ笑っていた。

 から元気――だろうな。

 でも、それでも正直、それにオレはビックリした。

 その変わり身の早さもそうだが、オレは思わずドキッとしてたからな、その表情にさ。

 妙に大人びて見えたんだよ。


「なんだかあんたって話しやすくて、ついついしゃべっちゃうんだよね。会ったばっかりだって言うのにさ。なんでだろうね」


 照れくさそうに頬を掻くリクに、オレは少しだけ笑顔にさせられていた。

 けど、勘違いはして欲しくない。

 オレがあの場を抜け出したのは、こうしてリクを助けたかったからじゃないんだよ。

 それもあったってだけだ。


 あの時、言ったよな? 一歩を踏み出すってさ。

 オレってちょっとあま邪鬼じゃくだからさ。

 なんかああいう場面に出くわすと、思わず思っちまうんだよ。


 なんだとこのヤロー。

 てめぇがそんなこと言うなら、ぜってぇっ見返してやるからなっ!

 ――ってな。


 だからあの時、決めちまったんだよな。

 オレは足を踏み入れてやるってさ。

 五葉家にガンガン関わってやるって。


 図らずもすでに関わろうとしちまってたが、それはまぁ偶然の成り行きだったんだから仕様がないことだろ?

 実原さんのこともあったし、オレの力のこともあった。

 それにリクのこともなんだか分からないが妙に放っておけない。

 これで何もしなかったとしたら、それこそオレは後悔するはずだ。


 ばあちゃんは、そうならない方を選べって言ってたんだ。

 それに反することにもなっちまう。

 だから、答えはもう出てるだろ?


 オレはリクに言ったよ。


「オレは諦めないからな」


「え?」


 リクはきつねにつままれたような顔をしてオレの方を見たよ。


「表だってやるだけが方法じゃないと思うしな。オレは自分で調べる。何が起きて、また何が起きようとしてるのか、そして何が出来るのかってことを」


 もともとオレの力のことだって自力で調べてやるつもりでここに来たんだ。

 いまさらそれが事件のことになったとしても大差なんてない気がした。

 それを探っていけば、どのみち力については行き当たるはずだろうからだ。


「ちょ、ちょっとあんたねっ!」


 当然、リクはそう言うだろうとは思ったよ。

 だからすぐにオレは言った。


「もう関わってるっ。それに――」


「……『それに』?」


 リクがいぶかしげにし、オレは彼女からちょっとばかし視線を外した。


「……リクも助けたいしな」


「なっ――」


 じゅわっと一瞬、蒸気が彼女の顔から吹き出したかとオレは錯覚するくらいに、リクの顔が真っ赤になっていた。


 でも、オレもオレでかなり照れくさかったんだよな。

 こんなこと普段なら絶対言わないことだしさ。


 そしたらリクは、


「なななななななななななに言って、言って、言って――」


 動揺のあまり、オレを何度も何度も指さしていた。

 オレはそんな彼女に恐る恐る聞いてたよ。


「迷惑――だよな?」


 そしたら案の定、


「……き、決まってるじゃない! 迷惑よ! 大・迷・惑!」


 やっぱりな反応だった。

 けど、それでもオレの決意は揺らぐことはなかったよ。

 分かってたことだったってのもあるし、もう決めたことだったってこともある。

 だから、


「なら、しばらく迷惑をかける」


 そう、オレはリクに頭を下げた。


「って、このに及んで開きなおり!?」


 そのツッコミにオレは頭を上げると、したたかににやりとして見せた。

 そうだよ。その通りなんだよ。


「でないと、やってられない。そうだろ?」


 こうして迷惑をかけるのもオレの覚悟のうちなんだ。

 リクはそれで怒ったようにしばらくオレを見ていたが、やがてそれが無意味なことだと気付いたのか、それとも馬鹿らしくなったのか、


「ぷっ」


 と、失礼にもオレの方を見て吹き出していた。

 ったく、今のやり取りの一体どこに笑いのツボがあったってんだ?


 リクはそれで満足するまで笑うと、


「変なヤツよね、あんたってさ」


 そんな感想をオレに漏らしていた。


「そうかぁ?」


 そんな言うほど変か、オレ?

 オレは首をかしげるが、リクは迷わず頷いていた。


「だってクラスメイトだってあたしには、ほとんど声をかけないってのに、あんたは違うのよ? それが変以外の何だって言うの? そうでしょ?」


 うーむ。そうなんだろうか?

 たしかにオレがはじめてリクのクラスに行った時、彼女のそばには誰もいなかったし、なんとなく雰囲気で声をかけづらい、そんな雰囲気を彼女自身が作り出してた気はする。

 けど、それはきっとオレを遠ざけようとしたことと同じ理由で、いろんな人を巻き込みたくないからなんだと思う。

 それはそれでリクの優しさが、そうさせてるんだってさ。


 だから、それが分かるから、余計にオレは思うんだよな。

 そんな彼女に近づいてみたいって。


「ま、いいんじゃないのか? こんなのが一人くらいいても?」


 それに誰にも理解されないなんてのはやっぱり寂しすぎるんだよ。

 リクには大きなお世話なのかもしれないが、それでもオレはそうしたいからそうする。


 するとオレの言葉を聞いたリクは驚いた顔をして、


――!?


 オレは目を白黒させた。

 優しく微笑んだ――ような気がしたからだ。


「そっか……。そうよね。そういうのも別にいいのかな……」


 諦めたような、それでいてどこか安心したような、そんなかすかさを言葉に乗せてにポツリと言っていた。

 一瞬オレはそれを聞き間違えかと思って彼女を見ると、その拍子にリクと目が合って、慌てて彼女はオレから目をそらしていた。

 口のあたりをくすぐったそうにやけにムニョムニョさせていたんだが――はて、なんだったんだろう?

 オレにはワケがわからなかったが、


「へぇ~。いい雰囲気じゃん?」


「いい……?」


 不意にそんな横槍が入っていた。


 ドキリとしてあたふたするリクと、その横で思わずそう聞き返しそうになるオレ。


 ――って、


「お前っ」


 その声の主を見てオレは目を丸くしていた。

 そこにいたのが誰だろう、ツキグモだったからだ。

 もちろんさっきの言葉はリクじゃなくて、コイツだ。

 とっととどこかへ行ったハズだったんだが、戻ってきたらしい。


「いやぁ、あちこち行ったんだけどな、あんなことあったばっかだし、妙にそのへん物々しくってさー。やっぱお前のトコで飯に有り付くのが安心かもって思い直したんだよな。


 もち、それはタダでってワケじゃあないぜ? 一個だけ。一個だけだ。お前らが教えて欲しいこと教えてやるからさ? その引き換えってことでどうよ?」


 ツキグモはそんなことを言っていた。


 教えて欲しいことを教えてやる?

 何だって意気なりそんなことを言い出すんだ?


 妙な気はしていた。

 けど、深く何かを考えてこのツキグモが言ってるって気もしなかったんだよな。


 オレはその言葉にリクと思わず目を見合わせていた。


「あ、もちろんあたしのスリーサイズとか、無理だから」


『誰が聞くかっ!!』


 ボケまでこなすツキグモに二人してつっこんでいた。

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