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6

挿絵(By みてみん)


6、


机に置いた、空のラムネ瓶を揺らす。

カランカランと、ビー玉の転がる音がする。

まるで、真夏の夜の夢を忘れるな、とでも、言うように…



夏祭りの夜から雨日が続く。

スバルの祖母は「日照りが続いていたから、ちょうどいい塩梅に田んぼが潤う。きっとお祭りのご利益だろうよ」と、珍しく嬉しそうに呟いた。

だがスバルはつまらない。

伸弥に会えないからだ。


あの夜、ふたりは蛍を追って、河原まで降りていった。

暗闇に足を取られたりはしたけれど、伸弥と繋いだ手は力強く、伸弥の声はスバルを勇気づけた。


『伸弥さんとなら、どこまでだって、どんな危険なところだって、僕は一緒に行けるんだ』


いつのまにか、追っていた蛍は闇に消え、見失ってしまった。

仕方なくふたりは河原の岩に腰をかけ、星空を見上げた。


「スバル。君の名前の由来は知ってる?」

「うん、星の名前って…昔、チェトリじいが教えてくれたことがあるよ」

「そうだ。外国ではプレアデス星団っていう星の集まりを、和名では須波流…と呼ぶんだ。とても美しい響きだね。僕は大好きだよ」

「…」

伸弥の言葉にスバルは繋いだ手が熱くなるのを感じた。

嬉しくてたまらなくて、スバルは伸弥の肩に寄り掛かった。


「なに?寒いの?」

「ううん。なんか…伸弥さんにくっつきたくなった…僕、今までこんな風に…人に甘えたりしたこと、ないんだけど…変だね」

「スバルはまだ甘えてもおかしくない年頃だからね…今まで我慢していたんだよ。これからは僕が傍に居るからね」

「うん…僕も伸弥さんの傍にいたい…」

伸弥はスバルの細くて幼い身体をしっかりと抱き寄せた。


「須波流星はね、おうし座の近くにあるんだけど、残念だが今の季節では夜は見えないんだ。ああ、そうだ。寒くなったらまた一緒に空を見上げようか。そして、ひとつひとつ空の星を指差して、星の名前を呼び合うんだ…」

「…うん」


伸弥に抱かれ、そのぬくもりを感じながらスバルは声を堪えて泣いてしまった。

流れる涙の意味はわからなかったけれど…。


翌日、スバルは祖母に昨夜、伸弥がスバルを弟にしたいと話したことを打ち明けた。

それは単にスバルが嬉しくて仕方ないからと、伸弥の弟になれば、祖母にも迷惑をかけなくてもよくなるから、喜んでくれるだろうと、幼い心の表れだったのだ。


祖母はスバルの話をひととおり聞くと、にべもなく淡々と述べた。

「そんな話、本気になんかするんじゃない」

「だって…伸弥さんは…」

「伸弥坊ちゃんはお優しい方だ。おまえを憐れんで、助けたいとお思いになったんだろうけれど、いくら坊ちゃんがおまえを弟にしたいと言っても、仁科家が許すわけがないだろう。そりゃあ…おまえは伸弥坊ちゃんの言うとおり、鈴子嬢ちゃんにどことなく似ているけれど、だからって家族になれるわけもないだろう」

「…」

「とにかく、弟になりたいなんて…大それたことを本気にするんじゃない。いいかい、気に入られているからって、いい気になって坊ちゃんに我儘を言うんじゃないよ」

「…」


スバルは祖母に打ち明けたことを後悔した。

翌日から、祖母はスバルにいつもよりもより多くの仕事を言いつけるようになり、スバルは伸弥に会う暇を持てなくなってしまったのだ。


あの河原で伸弥がスバルを待っているかもしれないと、考え始めると、言いつけられた仕事さえスムーズに終わらず、ついには陽が落ちてしまう始末。


そうしているうちに、盂蘭盆を迎えた。


その日、祖母はスバルに使いを頼んだ。

今年は仁科家の娘の鈴子の初盆だ。

地主の初盆には多くの村人がお参りに行く。

スバルの家でも、仁科家の贈り物に祖母の手作りの白い盆提灯を用意した。

「玄関からじゃなく、勝手口から手伝い人にそっと手渡すだけでいいからね。それが終わったらさっさと帰ってくるんだよ、いいね、スバル」

「わかった」


スバルは明るい声で答えた。

伸弥に会えなくても伸弥の近くに少しでも近づける喜びに震えた。

スバルは畳んだ盆提灯を包んだ風呂敷を両手で抱え、飛び跳ねるように仁科家を目指して走った。


仁科の家は見上げるほど大きく、迷うほどに広かったけれど、通りかかった小間使いに勝手口の案内を聞き、スバルは無事、届け物を渡すことが出来た。

「せっかくだから、団子を食べていきなさい」と、気の良い女中がスバルに蜜をかけた団子を勧める。

スバルはお礼を言い、土間の階段に腰を下ろして団子を食べた。

甘くて柔らかい団子はスバルにとってはご馳走なはずだったが、頭の中は伸弥のことで一杯で、味が良くわからない。


『ああ、伸弥さんにひと目だけでも会えたらいいのだけれど…河原に行けなかったことを謝りたいもの…』


食べ終えた皿を見つめ、もう帰るしかないと諦めかけたスバルは、後ろからちょんちょんと肩を叩かれ、慌てて振り向いた。

そこには指を口に押し当て「シィー」と、言う仕草をする伸弥がいる。


「そのまま草履を脱いで僕の後についておいで。静かにね」

「うん!」

一瞬の驚きが喜びに変わる。スバルは伸弥の言うとおり、足音も立てずに土間から上がり、伸弥の後を追って、長い廊下を歩いていく。

初盆の客のもてなしに、世話人たちが忙しそうに廊下を行き来している。

忙しさの為か、伸弥の後ろを見知らぬスバルが歩いていても、誰も気に留めない。

階段を昇り、廊下の突き当たりにある伸弥の部屋に、スバルは迎えられた。


「僕の部屋には滅多に人は来ないから、安心して長居をするといいよ」

「でも…ばあちゃんがすぐに帰って来い…って」

「スバルは早く帰りたいのかい?」

伸弥の言葉にスバルは思い切り頭を横に振った。

「じゃあ、一緒に居よう。おばあさんには後で使いをやらせるよ。スバルが怒られないように」

「ホント?」

「ああ、だから…後で僕の言うことを聞いてくれる?」

「うん、伸弥さんの言う事ならなんでも…なんでもするよ」

「…いい子だね、スバルは」

優しく微笑む伸弥に頭を撫でられるだけで、スバルは伸弥のためになら死んでもかまわない…と本気で思い、満ち足りた自己犠牲の幸福に酔いしれるのだ。


それからしばらくスバルは伸弥と幸せな時を過ごした。

聞き上手の伸弥は、スバルのつらい部分までも言葉にさせてしまう。

誰にも話せずにいた辛い日々も、口にして伸弥に話し出すと、少しずつ苦しみが消えていくように思えた。

だが、スバルはたったひとつ、伸弥に打ち明けていない秘密がある。

スバルが魔法使いだという事だ。


スバルはまだ「魔法使い」がどんな意味を持つのか、世間にどう思われているのか、よくわからなかった。

スバルの周りには魔法を使う者はいなかったし、それを見た事もない。と、言うことは魔法を使えるスバルは、異端ということになりはしないだろうか。

その存在は「悪い事」なのだろうか…


スバルが魔法使いだと知ったら、伸弥はどう思うだろうか…。

今まで通りの優しい眼差しを向けてくれるだろうか…と、考えると、スバルは真実を語る勇気が持てなかった。


「ね、スバル。さっきの頼まれごとだけど…これを着てくれないか?」

伸弥がクローゼットから出した服は、女物のワンピースだった。

柔らかいピンクのシルクの光沢が、窓から差し込んだ光に映えて美しい。襟元は白いベッチンの優雅な曲線を描き、硝子のクルミ釦が綺麗に並んでいる。スカートのギャザーもふんだんに取られ、スバルが身に着けると誂えたように、身体に合った。


「驚いた…鈴子の服がこんなに似合うなんて…」

「…おか、しく、ない?」

「ごめんね、スバルは男の子なのにさ…こんな恰好させて。でも今日だけは許してくれないか。今日は…鈴子の魂が帰ってくる日だから…さ…」

鈴子の服を着たスバルを見つめる伸弥は、苦しそうな顔をした。それだけでスバルは十分だった。

「大丈夫だよ、伸弥さん。僕、なんだってやるって決めたんだから。伸弥さんが言うんだったら、鈴子さんになれるように頑張るから」

「スバル…」

伸弥はスバルの両腕を掴んで、その身体を引き寄せ、抱きしめた。


スバルは抱きあった伸弥の胸に身体を委ねた。

何をされてもスバルは伸弥に従順するだろう。

それが運命づけられたイルトとアルトの絆なのだから。


「…スバル。僕のかあさんに会ってくれる?」

「…え?」

「君をかあさんに、紹介したいんだ。僕の大切な…スバルを」


スバルは顔を上げ、伸弥を見た。

その顔には、いつもの穏やかな伸弥は見いだせない。


スバルは胸騒ぎを覚えた。

彼の予見の魔力がそれを見させた。

だがそれを止める手立てを、スバルは持たない。


何故なら、伸弥に逆らう術など、スバルの頭には思い浮かぶはずもなかったのだから。




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