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作者: 壁暖炉

表現の練習をしたいと思い、書いた習作です。誤字、脱字、または意味不明、などでも構いませんので、お暇でしたらどうぞご意見をお願いします。

ヨミは内気な少女だった。父も母も亡くし、叔父と二人暮らしの彼女は、つい先日誕生日を迎えて七つになったばかりだ。

叔父は人形ーーぬいぐるみではなく精巧なアンティークドールーーの職人で、一日の大半を地下で過ごし、そういう仕事柄選ばれた家の立地は、静かな、人里から少し離れた場所であったために、ヨミが叔父以外の誰かと接することは極めて少なかった。もちろん、独り身の叔父はヨミのことを実の娘と思って可愛がっていたが、両親をなくした彼女の孤独を埋めるには至らなかった。そういうわけで、ヨミは幼いながら、内気を通り越して陰気な雰囲気まで漂わせるほどになっていた。


外に出ることも少ないヨミの数少ない楽しみといえば、叔父の作品をこっそ りと鑑賞することだ。危ないからと入ることを禁じられている倉庫には、実は小さな穴がある。ヨミの体にもし、あと小指一本くらいの厚みがあれば、通れなかっただろう。それのお陰で、鍵の掛けられた扉をものともせず、ヨミは倉庫を探索することができるのだ。

この日もまた、ヨミは薄くほこりを被った人形たちの間を我が物顔で闊歩していた。硬質な白い肌をした人形たち。輝くようなブロンドをした絹糸や色とりどりの硝子玉をまとった人形たちの中で、ヨミは霞むどころか際立っていた。暗い部屋。柔らかく朱の入った頬は生白く、古い布のワンピースからは華奢な手足が覗く。それよりも特筆すべきは、うっすらと桃色を帯びた銀糸だ。もし誰かがこの光景を見ていたとすれば、思わず声をかけてしまっていただろう。まるで、つくりものが束の間、動き出したかのような奇跡を想像させた。

しかし、ヨミには関係ない。自分の容姿よりも、人形の美しさよりも、作り手の技ーー叔父の技術にヨミはただ惚れ惚れするばかりだ。そっと、壊さないように手をとって、暗闇になれた目で嘗めるように見つめる。

ふと、ヨミは視線を巡らせた。なにかがいる。まさか叔父だろうか。いや、扉を開ける気配はなかったから違う。なら、一体何だ?

ヨミは幼い頭で懸命に答えを探した。だが、はじめての事態に硬直したままにならざるをえなかった。


『 』


声が、聞こえたような気がして、ヨミは振り返った。視界は相変わらず暗く、なにも見えない。しかしそこに『それ』はいた。


「だ、だれ?」


そこにいる『それ』に向かって、ヨミは問いかけた。答えはない。


「そこにいるんでしょ」


沈黙があった。そして、ようやく『それ』はその姿を現した。

黒。人の言葉で表すなら、それが一番

『それ』に似合っていた。闇には慣れているはずのヨミの目にも、『それ』の姿はぼんやりとしかわからない。かろうじて人のかたちをしていることだけが知れた。顔は見えない、体格も、年の頃もわからない。黒とはわかっても、『それ』の髪が黒いのかと問われれば答えることができない。わからない。不自然だった。

『それ』がそこにあることを確かめるために、ヨミは『それ』の手であろうところにふれようとした。


ーー触れた。『気がした』。



声をかけた『気がする』

姿が見える『気がする』

そこにいる『気がする』


なにもかもが不確かだった。


だが一つ、ヨミは直感した。そして確信した。


『それ』は『彼』であると。



そう悟った瞬間、なにかがヨミの中でストンと落ちた。かわりにむくむくと、耐え難い興味が溢れだした。

「わたしはヨミ。あなたのなまえは?」


彼は首を横にふった。そんなものはない、と言いたげだった。


「そう。じゃあ、名前のないあなた。あなたは何処から来たの?」


ヨミの心は、ふわふわといままでにないくらいに軽かった。つい先ほどまで得体が知れなかった相手に、まるで物語のお姫様のように饒舌に話しかけているのだ。どれほど異常なことだろう。しかし、ヨミはそのことに微塵も気づかなかった。ただ、ヨミは彼のことが知りたい一心で、苦手な会話も易易とこなしてみせた。


「わたし、毎日ここに来ているのよ。でも、あなたに会うのは今日が初めて。ここは叔父さんが厳重に鍵をかけてるのに、どうやって入ってきたの?」


彼はまた、首を横にふった。


「どういうこと? ちゃんと言葉にしてくれないとわからないわ」


ヨミは彼の返事を待った。ヨミの心はさらに高く上っていく。彼は一体どんな声をしているのだろう。どんな言葉を返してくれるのだろう。

彼はしばらくためらったように見えたが、やがて、口を開いた(ような気がした)。


『どこからも、入ってきていない』


その声は、野をかけまわる少年のものに感じれば、聡明な賢者の説法のように聞こえもした。かと思えば、成人を迎えたばかりの凛々しい青年の宣誓にも似て、後になって家族に囲まれ往生する老人の、弱々しい微笑だったかもしれないと思い至る。もちろん、ヨミはそれらをすべて聞いたことがない。それにも関わらず、彼を形容する言葉が次々に頭に浮かんでは膨張してはじけていった。

ヨミは自分の顔が熱くなるのを感じた。真っ赤な形相で、ヨミは彼に問いかける。


「どういうこと? ずっと、ここにいたってこと?」


彼はうなずいた。


「そんなのってないわ。もっと早くに声をかけてくれればよかったのに」


わざと怒ったようにヨミは彼をなじった。たいして彼は、動じた様子もなく坦々と返した。


『気づかなかった』


「どうして?」


『とても、人には見えなかった』


「うそ!」


顔を紅潮させて、ヨミは叫んだ。


『そう、嘘だ』


間髪入れずに彼はそう言って、笑った。ヨミは自分がまんまと騙されたことに気づいてムッと頬を膨らませた。


「いきなりうそを吐くなんてひどいわ。あなた、いじわるなのね」


『ヨミは子供だな』


「そういうあなたはいくつなのよ。私はこの前七つになったのよ」


ヨミは胸を張って尋ねた。


『忘れた』


彼は一言で答えた。ヨミは目を丸くする。


「誕生日は?」


『さあ』


「おいしいお菓子が食べれる日なのに、忘れるなんておかしいわ。甘いものきらいなの?」


『甘い、とは』


自分の質問に問いで返され、ヨミは言葉を失った。人と、特に自分以外の子供とふれあう機会のない彼女にとって、物事の目安はすべて自分だ。

ヨミは数日前の誕生日を思い返した。

いつもは籠りっきりの叔父と街に買い出しに出かけ、帰りに甘いお菓子を両腕(小さいヨミの)いっぱいに買って貰ったのだ。そのお菓子が、どれほど美味しかったことだろう。そう考えただけで、今でもヨミは幸せな気分になる。ヨミのなかで、『甘さ=幸せ』は揺るぎないものだ。


「お、お菓子、食べたことないの?」


『久しく、ここを出ていない』


「そ、そうなの?」


まさか。前例からして嘘に違いない。ヨミの思いとは裏腹に、彼はいたって真面目らしい。信じられない思いで、ようやくヨミが次の問いに移ろうとした。


その時だった。


「ヨミ、どこだ!」


遠くから、しかしはっきりと、ヨミを呼ぶ叔父の声が聞こえた。その声は荒々しく、次第に怒鳴り声に変わっていく。ヨミは身をすくめた。カチャカチャという金属音が耳に触る。どうやら叔父は、この倉庫の扉を開けるつもりらしい。

叔父がなぜこんなにも苛立っているのか、ここにいることがばれたのか。めまぐるしく疑問が駆け巡り、ヨミの頭は限界だった。


「じゃ、じゃあまたっ!」


はたと気がついて、彼に別れを告げ、いつもの出入口に急ごうとした時には、もう扉は開きかかっていた。


「待ちなさい、ヨミ!」


叔父の怒鳴り声が部屋に木霊する。

焦ったヨミは、三歩ほど歩いたところで、なにかに躓き強く胴を打ち付けた。


ガラガラッ ドンッ


積まれたなにかが落ちる音がすさまじく、気づいた叔父はすぐにヨミに駆け寄った。


「大丈夫かっ。」


「う、ううん」


叔父の暖かく大きな腕に、ヨミは抱き起こされた。ヨミは痛みにうめきながら、歪む視界に叔父を捉える。


「お、おじさん」


ヨミは怒られると思い、恐る恐る口にだすと、強く抱きしめられた。


「よかった……なんともないんだな」


顔は見えなかったが、叔父の声は掠れ、肩が熱いなにかで濡れたことで、ヨミは叔父が泣いていることに思い至った。


「お前になにかあったら、合わせる顔がない。本当によかった」


叔父はなぜ、こんなにも心配しているのだろう。入ってはいけない倉庫に、約束を破って入ってしまったことしか覚えのないヨミには、怒られることはあっても、泣かれる意味が理解できなかった。


「さあ、はやく出よう。もしかしたら

どこか痛めているかもしれない。お腹も空いているだろう」


立ち上がった叔父に手を引かれ、半ば引きずられるようにヨミは倉庫の戸口に向かった。

ただ一度、片足だけ外に踏み入れた時。ヨミは振り返った。

そして暗い倉庫の中に、彼の姿はなかった。


しかしーー


「 」


『また明日、ヨミ』


呼び掛けに答えた彼の声が、ヨミの中に深く根付いた。



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