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5話

 この十字路を左に曲がって、行き当たりのT字路を右に曲がったらゴール、というところでふと足を止めた。

 そういえば、フリールスっていつ戻ってくるんだろう。結構かかりそうな雰囲気だった気がするんだけど。

 別に見られちゃマズいものは部屋にはないんだろう。そうじゃなかったらあんなに簡単にそこで待ってろなんて言わないだろうし。仕事の重要書類とか、私は見ても分かんないけど。

 そこで一人で待っていても別に良かった。待つのはそんなに苦手じゃないし。でもあんまり長くかかるなら、暇になってしまうだろう。

 うん、と一人で頷いて、私は真っ直ぐ歩き出す。歩く度に、手元の画面の赤い線がどんどん後ろに伸びていくけど、帰り道がすぐに分かるから安心だ。

 ちなみに怖くて他の機能があるかどうかはいじれてない。いろいろボタンを触ったところで壊れることはないだろうけど、この案内画面に戻せなくなったら困る。こんなところで迷子になるわけにはいかないし。

 だって見事に人とすれ違わないのだ。ここまで歩いて来て、一人も見なかった。道を聞きたくても聞けないとか、迷ったらどう帰れって話なんだ。さっきフリールスにこの機械をもらっといて本当に良かったと思う。っていうか私が言わなかったらどうなってたんだ。

 しばらく真っ直ぐ進んでいくと、突き当たりがガラス扉になっていた。入り口って感じじゃないけど、そこから外に出られるらしい。

 迷ったけど、建物の中にいても面白そうなものはない。勝手にうろつくのは出来るけど、さすがに部屋の中までは入れない。でも廊下ばっかりが続いてて、見るものなんて白っぽい壁とドアしかないし。

 思った以上にすんなり開いたドアを抜けて外に出る。外は外でも中庭だ。そんなに広くないけど、いくつか木が立ち並んでいてベンチもある。狭くもないけど、口の字でここを囲っているのが高い建物のせいか窮屈に感じる。

 ここにも見るようなものは何もなさそうだけど、一息吐くことにした。フリールスと出会ってからここまで来るのは一瞬で、頭が追いついてこれてない感じ。

 近くにあったベンチに座って、空を見上げる。青くて、雲があって。至って普通で、見慣れた空をどこも変わらない。フリールスもエルバーさんも、目が3つあるわけでもなければ肌が青いわけでもない。域渡りとか、多少の常識の相違はあるけど、言葉だってなんか普通に通じちゃってるし。

 日常の延長みたいな感じで、論理的に考えれば異常事態なんだけど、本能的にはたぶんすんなり自分の中に入っちゃってるんだろう。だから必要以上にパニクったりとか、拒絶反応とかがない。

 良いんだけど、このまま流されてしまいそうだから困る。

 はあ、とため息を吐いた時に、向かいのベンチに人が座ってるのに気付いてびっくりする。

 いつからいたんだ。音がしなかったから私がここに来る前からいたのかもしれない。ベージュ色のベンチと似た色の服を来ているからうっかり見落としたのか。なんて心臓に悪いんだ。

 心の中で悪態を吐きながら、私はとりあえず愛想笑いを浮かべておく。

 ここにどれだけの人がいるのか知らないけど、建物の大きさからいって結構いるはずだ。それなら全員が全員と知り合いってこともないだろう。会話とかしてボロが出なければ、まあバレないだろう。

 バレだってフリールスのせいにするから良いんだけども。

 お向かいさんは、無表情でじっとこっちを見ている。怖いって!笑いかけられたらとりあえず笑っといてよ!そう思いながら、どう立ち去ったら不自然じゃないかと考える。

 挨拶とかした方が良いのか?会釈だけとか?

 分からなくって、考えるのも面倒になる。まあいい、とにかくもう戻ろう、と思ったところで、お向かいさんが先に立ち上がった。こっちに来る、と身構えたけど、なんのことはない、ただドアの方に向かっただけだった。そしてそのまま、ひと言も言わずに去っていく。

 言葉を発するどころか、表情の一つも変わらなかった。

 これは、不審者認定されたから?それとも普段からああいう感じなんだろうか。

 警備の人とか呼ばれたら嫌だし、うろつくのは止めて部屋に戻ることにする。フリールスがいればこんな目に遭わなかったっていうのに、あの野郎。

 ああ、でもフリールスと出会ったからこんなことになってるんだった。どっちにしろ、部屋に戻ってきたら腕でもつねってやる。


 部屋に戻ると、驚いたことに先にフリールスは戻ってきていた。

「遅かったな。迷った?そうか、サホは機械音痴か」

 ニヤニヤしているフリールスに機械を投げて返す。

「んなわけないでしょ。ちょっと寄り道してただけ」

「寄り道?」

「フリールスの用事が時間かかるかと思ったから、いろいろ見てみようかと」

「なんか良いもんあった?」

 うろついてたことに対するおとがめはないようだ。いや、たぶんフリールスが気にしないってだけで、本当はダメなんじゃないかと思うけど。

「何も」

「ふーん。まあ、ここらへんは確かに面白いもんはないかもな。研究棟とか行ったらいろんなもんがあるけど、大抵閉め出されるし」

「それはフリールスが余計なことするからじゃないの?」

 絶対、よく分からないまま勝手に手を出して失敗させるんだろう。その光景が鮮明に浮かび過ぎて、見たこともないその被害者さん達に同情する。

「そんなことしねえよ。あいつらがケチなだけだ」

「まあいいや。それで、雑用は終わったの?」

 フリールスは何ともいえない目をこっちに向けてきたけど、特に訂正もせずに首を傾げてみせると、小さくため息を吐いた後で頷いた。

「じゃあ、これからどうしてたらいいの?確か、エルバーさんは待ってろって言ってたよね?」

「ん。あの人仕事早いし、そこまで待つことにもならないと思うけど。あーでもすることないしなあ」

 椅子に座ったまま、フリールスは伸びをする。

 フリールスが着ているのは、さっき中庭にいた人と同じようなものだから、制服なんだろう。エルバーさんとはちょっと違うのは階級の違いとかかもしれない。

 中庭にいた人と同じ服なのにあまりそういう感じがしないのは、間違いなく着方のせいだ。さっきの人はきっちり着ていたけど、フリールスは着崩している。

 それで伸びなんかするから、まあだらしないというか緊張感がないというか。

「ま、せっかくだし話でもするか?俺の仕事とかここのこととか、サホまだよく分かってないだろ?」

「いや、興味ないから」

「そんな即答しなくてもいいだろ」

「ないものはない。っていうか聞いたら最後、巻き込まれそうだし」

「巻き込まれるってなあ。もう遅いだろ」

「誰のせいだ、誰の!」

 手元にあった資料を丸めてフリールスの頭に振り下ろす。

 とっさにフリールスは腕で庇ったけど、かまわずそのまま叩いたら良い音がした。ざまあみろ。

「だから俺のせいじゃないって。お互い様だろ?」

「ここの案内とかは?」

「無視かよ」

 私だって子供じゃない。ああ、年齢的にはギリギリ子供か。でも誰かのせいじゃないってことくらいは分かってる。それでも割り切るのって難しい。

「さっきも言ったけど、ここは特に面白いもんはないし、研究棟には用がないと入れないし。他もたぶん入れてもらえないだろうしなあ」

「他もあるの?」

「お、興味が出てきたか?」

 にやっと笑うフリールス。そんなに殴られたいのか。

「待て待て。それ紙だけど結構痛いんだぞ。一枚なら我慢するけど。ちょ、増やすなって!」

「どうしてフリールスはそうムカつく顔をするのよ」

「ちょ、それはひどくねえ?」

 フリールスがブーイングをする。

「別に素の顔がムカつくって言ってるんじゃないのよ。ただ、ニヤニヤするのを止めろって言ってんの」

「ニヤニヤってな」

「してるでしょ」

「まあ、否定はしないが」

「分かっててやってんのか!」

 結局殴る。普段からこんな暴力的なわけじゃない。ただ、なんていうか。そう、まあノリだ。

「明日痣になってんじゃねーの」

「そこまで強くしてないし」

「・・・結構痛いんだぞ?たぶんサホが思ってるよりも力入ってる」

 恨みがましい目だ。よくこうころころ表情が変わるなあと、見てて面白いくらいだ。

「まあ、いいけど。で、ここの話だっけ?」

「うん」

「ここは、特別棟って呼ばれてる。正式な名前があった気がするけど、特別棟で伝わるし別にいいだろ。まあ、域渡りの職場ってとこだ。基本的に域渡りするのはそれぞれに与えられた部屋からって決まりになってて、それが集まってるのがこの棟ってこと。だから並んでるのもそれぞれの部屋ばっかだし、鍵がかかってて入れねえ」

「そりゃそうでしょうよ」

 つまらなさそうに言うフリールスに思わずツッコむ。人の部屋に入るのが当然だと思ってるのか。私の部屋にも勝手に現れたしなあ。あれは不可抗力だけど。

「ここが確か敷地内の北にあって、中庭挟んで南にあるのが居住棟。あそこが一番でかいかな。全員の部屋があるわけだし」

「社員寮みたいな感じ?」

 私は社会人じゃないし、今までも寮生活なんてしたことないからよく分からないけど。

「まあそうなんじゃねえの?」

 フリールスも分からないんだろう。なんて適当な返事だ。

「ちょっと間隔開けて4棟建ってる。で、西側が研究棟。よく分かんねえ研究ばっかしてるところだ。変なもんとかもあって面白いけどな。いるやつも変なのが多い」

「フリールスに言われたくないでしょうね」

「・・・だからどうしてサホはそう・・・。んで、東が事務棟だ。外部のやつはそこしか入れないことになってる。応接室とか、あと上の方には偉い人の部屋もある。まあそんな感じだな。観光できるようなとこはないだろ?」

「観光はしないけど。じゃ、外はどうなってるの?街とかないの?」

 なんとなく隔離されてそうな雰囲気を感じてそう聞くと、あっさりフリールスは首を横に振った。

「ないわけないだろ。普通に買い物とかするし」

「そこには行けないの?」

「あのな、一応俺、今勤務時間なんだよ」

「・・・いまいちそうは見えないけど」

「じゃあ何に見えるんだ」

「暇してるように見える」

「ちょっと待て。俺、サホに会うまで仕事してたからな?それで、そのままここに来て報告してるのも見ただろ?その後別の呼び出しくらって、それでようやく一息吐いたとこだからな?」

「でも仕事の記録取れてなかったし」

「それは、ほら、でも仕事はしてたんだって」

 周りを見て、棚に乗っていた機械を手にして、フリールスがつぶやく。

「これさえ忘れてかなかったらなあ」

「じゃ、外には出れないんだ?」

「今はな。ま、サホがここで働き出したら休みの日はいろいろ行けるようになるから」

「だから働かないって」

「そう言ってられるのも今のうちだ」

 またあのニヤニヤ笑いだ。

 紙より固くて、でも壊れなさそうなものはないかと部屋の中を見回した時、ノックの音が3回響いた。

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