シスコン兄貴のジレンマ
俺の妹は世界一可愛いと思う。
何故かメール送っても、電話しても、返信or応答はないけど。
三行以上のメールは読まずに破棄されるから、二十字以内で用件伝えないとスルーされるけど。
顔を合わすと、二言目には「黙れ、オタク」「死ね、変態」とか言われるけど。
機嫌悪いと時折無言で殴られたり蹴られたり、身体のバネを上手く使った見事な急所狙いのアッパーカットで意識刈られるけど。
年に数回、花瓶やテーブルや椅子が、俺の顔面目掛けて飛んでくるけど。
ちびでロリ巨乳で、常に実年齢より三~五歳以上低く見られるせいで、同年代には子供扱いされ、ロリコンとオヤジと変な外人以外にモテないけど。
したたかなところもあるけど、シャイで真面目でツンデレで最高に可愛いと思う。
「私が彼氏に振られたのは、亮ちゃんが私を甘やかすからじゃない! 亮ちゃんのバカ! 死ね! 責任取れっっ!!」
帰宅した途端、俺の胸元に飛びかかってきたかと思えば、ポカポカ殴りながら泣き始めた妹を見下ろし、
「ごめんな、結羽」
そう言いながら頭をゆっくり撫でてやる。
可愛くて、可愛くて仕方がない。
こんなに可愛い妹の姿を知ってるのが俺だけだというのが、ちょっと勿体ないような、嬉しいような。
だいたい、意地張ったり変にかっこつけたりしないで、彼氏の前でこういう姿見せてやれば、まともな感覚してる男なら誰でもメロメロになると思うんだが。
まぁ、時折拳が急所入ると結構痛いけど。
「結羽は世界一可愛いよ。だから安心しろ」
そう言いながら更にわしわしと撫でたら、涙目で睨まれた。そんな顔も可愛過ぎるんだが。宥めるように背中を撫でてやる。
「すぐ新しい男できるって!」
ウィンクして言ったら、問答無用・手加減なしの左ジャブが鳩尾へ、右アッパーが顎に来て、呼吸が一瞬止まった。
「本当、結羽は世界一可愛いよなぁ」
携帯の待ち受け画面は勿論妹の結羽である。うっとりしながら呟くと、可哀相なものを見る目で友人・高柳に言われた。
「お前、本当病気だよな」
「……二次元しか愛せない男に言われる筋合いはない」
「泉田こそ、二次元と三次元の両刀だろ? 持ってるエロゲも妹ものばっかりで」
「ツルペタ・貧乳好きなロリコンに言われたくない」
最近あまり写真撮らせてくれないから隠し撮りしかないけど、結羽の可愛さときたら、そんじょそこらのアイドルなんか目じゃないと思う。
ああ、あの滑らかな頬に頬ずりして膝上抱っこしたい。昨日久々にやっとけば良かったなぁ。本当は顔と言わず腕と言わず、全身チュッチュしまくりたいけど、前にやった時は股間を十数回蹴られて悶絶する羽目になったからなぁ。結羽は照れ屋すぎて困る。
高柳がツルペタのすばらしさ?について語ってるがスルー&シカトする。
そういえば、結羽の彼氏だった男って誰だったんだろう? いつから付き合い始めたのかも、教えて貰えなかったから初耳だったんだが。同じ高校のやつかな? 結羽を振るなんて見る目のない男だ。ツンデレの良さを知らないなんて可哀相なやつだと思う。まぁ、ツンデレを解するには、観察力と忍耐力と素養がないと難しいが。
結羽が甘えっ子でワガママになってしまったのは、確かに俺の責任もかなりある。そもそも、結羽が小学一年の頃、突然親父が借金残して失踪して、パートに就いたばかりだった母さんが金策に駆け回った挙げ句に独身時代の経歴を生かし稼げる職種に転職したために、家の中は俺と結羽だけになってしまった。
状況の変化が理解できず泣いて愚図る結羽を、俺は必死で宥め慰めながら、俺は決意した。父やその他親戚には期待できない。母さんも生活および借金の事で手一杯で余裕がない。毎日疲れて帰宅する母を癒やし家事などで支えるのも、泣いて淋しがり怯える妹を守るのも、時間に余裕のある俺の仕事だ、と。
当時小学三年生だった俺に、家計を支える手伝いなどできる筈もなく、できる事と言えばそれくらいだった。誰に言われるまでもなく不慣れながらも家事一切を取り仕切り、甘え盛りの妹の面倒を率先してみる俺に、母さんは喜んでくれた。俺はその事も嬉しくて、更に頑張った。
自分の空き時間は全て、家事と妹の世話に費やし、母と妹を喜ばせる事に全能力を傾けた。頼られたり甘えられたりするのも、楽しかった。そのせいで二人とも、ちょっと俺に依存するようになってしまった気もしなくはないが。
俺だってわかっている。普通は、相手の全てを──良いところも悪いところも──許容して、その上でベタベタに甘やかして、相手に言われるまでもなく望む事をかなえてやって、更に要望聞いてその期待以上のものを無償で与えてやる、なんて事を赤の他人にやれる筈がない。
俺は母の事も妹の事も知っているから、言葉にされるまでもなく理解できるし、対応できる。それに慣れてしまえば、俺以外の人間がそれをできない事が物足りなく感じる事もあるだろう。それに俺は、それを可能にするために、自分の時間をギリギリまで削っている。
高校に入学してからバイトするようになったが、そのほとんどは家計と母&妹に貢いでいる。同じ事を同年代の人間にやれる筈がない。やれたらそいつは超能力者か、金が有り余ってる酔狂者だ。
俺だって、親父が信頼に足る、親として夫として一家の大黒柱としての役割をきちんと果たしてくれるまっとうな人間だったなら、普通の高校生男子として生きていただろう。だけど親父は当てにならず、俺達親子を無償で無条件で助けてくれるような奇特な人もいなかった。
誰も助けてくれないなら、誰も当てにならないなら、自分でやるしかない。俺は余計なものまで見えすぎた。俺が支えなかったら、何もしなかったら、母さんは仕事と家事・子育てを両立できず、早々に潰れていただろう。
無償で金を融通してくれるような親戚・知人はいなかった。それどころか、弱った俺達親子を更に食い物にしようとするハイエナが寄って来るような、ひどい状況だった。金の切れ目が縁の切れ目とばかりに去って行く人間がマシに見えるような連中のせいで、多少人間不信を発症したが、それ以上に発憤した。
家の中にあったものを覚えのない借金の形だと言って持ち去ろうとする人間もいたが、証拠がなければ渡せない、場合によっては被害届を出すか訴訟すると突っぱね噛みついた。
元々俺は、『可愛くない子供』だった。家に出入りする大人が多かったせいもあるけど、半分は生来の性質だ。物心ついた頃からの観察・分析癖。基本的に皮肉屋で悲観主義で現実主義者。それは昔も今も、とても役に立っている。
悲観主義だからこそ、自分以外の人間には、できるだけ楽観的な意見を言う。全ての物事を悲観して、最悪の事態に備えて思考し、対策を講じるのは俺の役目だ。悲観主義にもメリットとデメリットがある。自ら行動しようとする人間には、楽観から来る発想の方が思い切った事ができるし、可能性も広がる。それをフォローし助けるには悲観主義の方が向いている──そう考えているから。
自由になろうとは思わない。誰にも何にも縛られずに自分の好きなことをしたいとは思えない。たぶんきっと俺は頭がおかしいんだろう。妹を溺愛し母に甘えられてデレデレしても、色恋に興味がないのも、それが原因だとわかってる。俺は自分を、生きている人間だと、未来や可能性がある人間だと考えてない。考える必要すら感じない。
だけど時折、現実に疲れる事もあるから。そういう時は、自分がどんな人間であろうと許容してくれる二次元の世界に耽溺する。二次元と三次元の間でバランスを取りながら、俺は生きてる。
たぶんそれは微妙なバランスで、それが崩れてしまえば、きっと俺は『狂人』になってしまうのだろう。度量が広いわけじゃない。優しいわけじゃない。余裕があるわけでもない。完璧超人には絶対なれない。聖人君子になれる筈がない。
誰も知らなくても、俺は知っている。俺が狂人ギリギリの領域にいる、表面を取り繕える間だけ常人でいられる『異常者』だと。
勿論こんなことマジ顔で語ったら、どんな酔狂なヤツでもドン引き間違いなしだから、公言しないし誰にも言わない。誰にも愚痴も弱音も吐かない俺を、たまに良いように勘違いする人もいるけど。裏表がない人間がいたら、そっちのがスゴイだろ、と思う。
「……って、おい、話聞いてるか?」
「あ? 聞いてない」
聞く必要も感じないし。真顔で答えたら、高柳がガックリと肩を落とした。フッ、何故お前のようなむさ苦しい男のむさ苦しい戯言に、快く耳を傾けるなどと思えるんだ。
「俺は可愛い女の子の話以外はまともに聞く必要性を感じない」
「……それ、妹限定なんだろ?」
「当然だ。俺の妹は世界一可愛いからな」
にっこり笑って言うと、病気だ、と呟かれる。ばーか、聞こえてるんだよ。
「でも、お前、度を超したシスコンのくせに、妹に彼氏できても放任だよな?」
不思議そうに言われる。何故だ。
「結羽が幸せなら問題ない。俺の仕事は結羽の面倒を見て甘やかす事だからな」
「なんだ、そりゃ」
呆れたような顔をされる。
「だいたい恋愛、色恋にまで口を出したら保護者の域を超えるだろ?」
真面目に言ったのに、何故か吹き出す高柳。
「いやいや、普通の保護者の域はとっくに超えてるだろーがっ。この変態!」
「結羽ならともかく、高柳に言われる筋合いはないぞ」
結羽に言われるなら罵倒もご褒美だしな。
「って、お前、結羽の彼氏だった男知ってるのか?」
不思議に思って尋ねる。
「俺がそんなこと知ってる筈ないだろ?」
真顔で答える高柳。なんだ、まぎらわしい。
「だけど、男と別れたばかりの女に『すぐ新しい男ができる』と言うのがデリカシーに欠けた発言だという事くらいはわかるぞ?」
「そうなのか?」
きょとんとして首を傾げると、呆れるような顔された。……高柳のくせに。
「お前、エロゲやっててそのくらいわからないのかよ?」
……エロゲ基準かよ、おい。
「何を言ってる。この世で一番結羽を理解し、愛してるのはこの俺だ。エロゲや高柳なんか当てになるかよ、バカ」
フッと鼻で笑ってやる。
「あんな胸に余分な肉のついてる三次元女を溺愛するお前の気持ちなどサッパリわからん」
真顔で高柳が変態発言する。
「バカ者。顔も勿論可愛いが、あのぽやんぽやんとした柔らかい胸が良いんじゃないか! お前はちっともわかってない。二の腕や足にも適度に肉がある方が触り心地が良くて好ましいが、抱きしめた時や背中にあの胸が接触した時の、何とも言えない気持ちよさと来たら!! どんな地獄も桃源郷に思える素晴らしさだぞ! あの良さがわからないとはお前の目は腐ってる」
「知るか、そんなの」
引きつった顔で言われる。
「だいたい高柳は生身の女の子とまともに話したこともないくせに」
「お前は妹以外の女とまともな会話してないだろーが!」
「ふ、結羽以上の女などこの世にいないから問題ない」
「……この、変態が」
変態っぷりに関しては高柳には負けると思う。マジで。
「そういえば、そろそろ体育の時間だな」
「あ? 次は世界史だろ?」
「違う。結羽が、だよ」
そう答えると、高柳が呆れたような顔で俺を見る。
「じゃ、暫く席を外すから」
言うと、高柳は無言でヒラヒラと右手を掲げ振った。
教室前の廊下から、体育館および更衣室へと向かう渡り廊下を見る事ができる。
結羽を見つめてる時間は至福だ。本当は抱きしめたり、撫でてる時のが幸せだけど、見てるだけでも十分幸せな気分になれる。
でも、今日はそれだけじゃなく心配だからだ。昨日は結局夜になっても泣いていたし、今朝は俺の作った弁当は持って出かけたが無言だったし。
元気になってくれてれば良いんだが。今日もまだ引きずっているようだったら、どうしよう。結羽の好きなハンバーグを作れば少しは喜んでくれるかな?
結羽は世界一可愛いんだから、そんな事でいつまでも泣かなくても良いのに。結羽は自分に自信がなさすぎる。もっと自信持てば良いのに。どうしてあんなに自覚ないのかな? 結羽は自分が世界一可愛い女の子だとは思えてないようだ。
しかめ面しないで笑えば、誰だって一目で結羽を好きになる。悲観するのは俺の仕事だから、結羽は明るく前向きに物事考えて笑ってれば良いのに。何かあれば俺が助けるし、俺が守る。もちろんナイト役がいるなら、俺が黒子に徹して影から見守るだけにする。
俺はただ、結羽に笑っていて欲しいだけなのに。難しいな、と思う。
結羽が同じクラスの友人――何度か顔を合わせているが、名前はよく覚えてない。ショートカットの元気そうな子だ――と一緒に、渡り廊下を歩いて来る。遠目でも笑顔だとわかった。思わず唇が緩む。友人が何か話すのに頷く姿を見れば、童顔ながらも清楚で落ち着いたおとなしい優等生風の女の子だ。とても兄を問答無用で殴ったり、時には急所を複数回蹴ったりするようには見えない。家の外で見る結羽の姿は、中での姿とは別人のように見える。本当は喜怒哀楽が激しいくせに、外では抑えていて控えめにしか笑わない。泣いたり怒ったりもしない。結羽が泣いたり怒ったりするのは、家の中、俺の前だけ。どうしてそこまで我慢するのか、俺には理解できない。素のままで良いのに。無理したり気張ったり取り繕ったりする必要なんてない。結羽はそのままの姿が素直で一番可愛いのに。本当に勿体ない。
素のままの結羽を知れば、お前を嫌いになるやつなんて、この世の何処にもいないのに。どうしてそんな不自然な、やればやる程ムダな努力するんだろう?
喜怒哀楽抑えて、本音隠して、人に嫌われないように努力したって、それを魅力だと思う人はあまりいないだろう。本音で生きてたら、人に嫌われる事やぶつかる事もあるだろう。
だけど、それを無理に抑えて隠そうとしても、よほど鈍い人間でなければ、どうしてもそれは透けて見えるから。
裏表のある、何を考えているかわからないやつ、そんな風に思われるくらいなら、本音の自分で生きた方が楽だし、幸せなのに。この世の全ての人に好かれるのは難しい。誰かに嫌われたとしても、それ以上の誰かに好かれれば、信頼関係を築けたら、そっちの方が良いじゃないか、と思う。
結羽本人に言ったら、たぶん泣かれるか怒られる。当人が気付かない限り、助言を必要としない限り、何を言ってもムダなのだ、と知っている。
例えば俺が『もっと力を抜いて、周りの人間を信頼して素のお前を見せてやれ』と言ったとしても、意固地になってしまうだろうと予測できてしまう。
たぶんきっと、それは、俺の仕事じゃない。だから、俺には見守ることくらいしかできない。必要ならフォローするし、全力で守るけど。だけど、それを一生してやれるわけじゃないから。
だから、本気で結羽の事を好きで、そのために何かしようとする人間じゃなきゃダメだと思う。結羽のために必要なこと全てを俺がしてやる事はできなくはない、と思う。
だけど、結羽のためにはそれではいけない。『俺以外の誰か』が結羽には必要だ。それはちょっと淋しくもあるけど、俺しかいないという状態はまずい。俺は結羽の全てに責任が取れるわけじゃないから。
世の中に、俺と結羽以外誰もいないのなら、俺は結羽のためにできる事全てに全力尽くしただろう。結羽が喜ぶことだけをして、結羽が望むことだけをして。そのために結羽が、俺がいなければ何もできない女の子になったとしても。
だけど、俺と結羽は実の兄妹で、今は同じ家で暮らしていても、いつかは別々の人生を歩まなくてはならない。
それがわかっていて、結羽を囲い込み、俺に依存させるような事はできない。それは結羽にとっての『幸せ』にはならないから。
結羽の兄に生まれた事を後悔したことはない。二歳の時に、初めて結羽を見た時から、この愛らしい女の子に魅了され続けている。
庇護欲、保護欲に似た、ともすれば独占欲や自己愛にも似た、けれど決して肉欲に繋がる事がない情。これが愛情なのかどうか、自分でもよくわからない。無償の愛とは言い難い。だけど、結羽の笑顔で幸せになれる。それが俺に向けられたものじゃなくても。
結羽以外にほとんど執着持てない自分に、時折『これはまずいんじゃないか』と思う事もある。だからと言ってどうにかなるわけじゃないが。
これは愛情なんかじゃなくて、自己愛の延長でしかないんじゃないかとも思う。色恋なんて理解できない。友情ですら理解できているか怪しい。
結羽を束縛しないように、結羽が俺に依存しないように努力してるつもりだけど、それができているのか、時折自信なくなる。俺の目からは、結羽は大丈夫そうに見えるけれど。
自分がまともだとは思ってない。絶望してないし、投げやりになってるつもりもないけど。残念ながら理想とする未来も夢も思い描けないけど、それは生来の性格によるものと、過去の経験から来る人生観が原因だ。
人間万事塞翁が馬。五分先の事すら何も見えない。たぶんきっと突然父が失踪するまでは、今よりもっと夢想する事もできていたと思うし、それなりに人生設計的なものも考えていた。
とはいえ、昔から現実主義者だったから、明らかに実現不可能な事を考えたりはしなかった。だけど、どんな予定や予想を立てようが自分の努力ではどうにもならない事が原因で、全てが覆り崩壊する事を知った後では、この世に確実なもの、絶対普遍、不変なものがあるとは思えない。
誰かによって、何かによって崩れるようなものなら、それはきっと他の原因によっても崩れるものだったのかもしれない。
誰かを、何かを、恨んだり妬んだり憎んだりするのは性に合わないし、それを引きずり後生大事に抱え込むのは面倒臭いし、精神衛生上宜しくない。理性による制御と、合理性を重んじ、場合によって感情を切り捨てるのは、物心ついてからの習慣だ。
たぶん俺は異常な人間なのだろう。だからといって、それが誰かの害になるわけでもない。俺が俺である事に問題はない。
俺はこんな自分をそれなりに愛してる。俺の頭は確かに常人の感覚からしたらおかしいだろうが、こんな俺だからこそ、できる事がある。
結羽が見えなくなるまで見送って、俺は微笑む。ああ、結羽はなんて可愛いんだろう。俺の小さな天使。結羽がこの世に存在しなかったなら、俺は今頃どうしていただろう。そんな事は想像したくもない。
「小野田、彼女と別れたんだって?」
背後を通る男が、傍らの男に話しかける。
「泉田結羽、一年でも可愛いって人気なのに、どこが不満だったんだ?」
一瞬、息を呑んだ。
「……どこがって、見りゃわかるだろ?」
小野田と呼ばれた男が、溜息ついて答える。
「わかんねーから聞いてんだろ。ロリ巨乳で、アイドルみたいに可愛いだろ」
「あいつ致命的に色気がないんだよ。俺は巨乳は好きだけど、ロリコンじゃないからな。顔だけじゃなく中身までコドモじゃ付き合い切れねーよ」
「なんだ、それ」
「キスまでは良いけど、それ以上は結婚してからじゃないとダメだとさ。めんどくせぇ女だよ」
「うっわ、お前、それで振ったの? ひっでー。ユウちゃんかわいそー」
「は? セックスもさせないくせにワガママ放題言われてみろよ。うぜぇし面倒だしムカつくだろ?」
「おいおい、小野田。お前、彼女のどこが好きで告白OKしたんだ?」
「そりゃ勿論、顔と胸に決まってんだろ。揉めない巨乳に何の意義があるんだよ。見るだけで済むならAVとグラビアで十分だろ。お前だったらどうだよ、清水」
「いやー、そんな事言われても、俺が告白されたわけじゃないし? 付き合ったわけでもない。所詮他人事だから、どーでも良いし」
ゆっくりと後ろを振り返る。『小野田』とその友人は背中を向けて、階段へと向かっている。俺は音を立てぬよう後をつける。
「どうでも良いなら聞くなよ」
「いやぁ、今後の参考にしようかと」
「なんだ、それ。それより数学の宿題やったか?」
「一応ね。解答合ってるかどうか自信ねーけど」
二人が階段を下りようと足を踏み出す、その瞬間を狙って。
「うっ……わぁあああああああっ!!」
『小野田』の背中を蹴り飛ばした。
「なっ、……うぁっ……! い、泉田……っ!?」
蹴られた小野田は踊り場で呻いていて、一人残ったその友人が怯えた顔で俺を見上げる。そいつに向かってニッコリと微笑んでやる。
「『小野田』君は不注意だねぇ、こんなところで自分の足に躓いて転ぶなんて」
「なっ、ぇっ、ぁっ……!」
「『気をつけなきゃダメだよ』って注意してあげなよ、ねぇ? 『清水』君」
『小野田』の友人は、小学生の時の同級生で、顔見知りだった。顔と名前を知っているというだけの赤の他人。
「君から注意してあげてね? ……それと、」
わかってると思うけど、と清水の耳元で囁いてやる。
「……この事が結羽の耳に入らないようにね。じゃないと、更に不幸な事が起こるかも」
優しく穏やかに見えるような笑顔で。声に僅かに感情を乗せて、冷ややかに。
清水は蒼白な顔で震えながら頷いた。それから小野田に近付き、制服についた埃を軽く払ってやる。
「良かった、運良く怪我はしなかったみたいだな」
にっこり微笑む俺に、小野田は何か言いたげに口をパクパク開閉する。
「わかってると思うけど、結羽に何かしたら本気で殺すから」
勿論運に左右されないように、きっちりしっかり殺すからね? 俺は結羽のためなら手段選ばないから。
「君がどうしたら良いかはわかるよな? わからないなら、わからせてあげるけど」
さあ、どうする? 微笑みながら言うと、彼は青い顔でコクコク頷いた。
いやぁ、物わかり良い相手で良かったよな。俺にとっても、彼らにとっても。とはいえ、俺はシニカルで悲観的な現時主義者だから、赤の他人を無条件で信じたりしないけど。
「じゃ、確約して貰うためにちょっと邪魔にならない所へ移動しようか?」
唖然とした顔で俺を見つめる男の襟首を掴み、もう一人にも「ついて来て」とお願いして、屋上へ向かった。
本当に聞き分けの良い連中で助かる。なるべく無駄に暴力はふるいたくないしね。俺は平和主義者だから。何故か時折「絶対違うだろ」とか言われるけど。
時折拳を使いながら丁重にお願い?して、二人の下半身丸出し土下座写真(数カット)と「俺は泉田亮様の下僕です。今後二度と逆らいません」という音声データ&動画を入手して、お別れした。
今日は気持ち良いくらいの快晴で快適な日だ。雨や雪でなくて良かったよな、と思う。俺にはどちらでも構わないが。
さてクリスマスまであと数日。家族で過ごすイブには何をしようか。準備期間は十分あるし、入念にリサーチして最高の日にしよう。
結羽の笑顔のために。
冒頭の結羽の台詞は実話です。泣き&甘えながらポカポカ殴ってくる妹は可愛い、可愛い過ぎると思います。痛いけど。
ちなみに友人(男女含む)に「理不尽だけど可愛いよね」と言ったら、「妹の言う通りだな」「よく調教されてるな」と言われました。皆さん辛口なのは知ってるけど、フォロー全くなし。
ちなみに妹が振られたのもクリスマス間際のデート直後。たぶん新しい彼女or目当ての女の子がいたのでしょう。本人に言ったら殺される(までいかなくてもマジギレされる)ので言いませんでしたが。
妹は姉とは似つかぬ(オイラは良く言えば和風貴族的な地味顔)お目々パッチリ&アイメーク・マスカラ要らずの超絶キラキラ童顔巨乳美少女で、ロリコン&オッサン&変態には絶大な人気でした。その分いらん苦労もしてましたが。
妹および妹の子供達は世界一可愛いと思います。
私が男に生まれたら、たぶんこんな兄になってたと思いますが、妹or他人目線で見ても関わりたくないですね。
友人(特に女)達には、私がもし男に生まれてたらものすごくタチの悪いヤツだ、と言われたので、たぶん女に生まれて良かったのでしょう。きっと。