04 Golden Brown
「しかめっ面ともおさらばさ。ゴールデンブラウンがあれば」
手術は無事に終わった。何かは特定できないが、金属片が食いこんでいたのだという。まさか自分が撃った銃弾ではないかと、宏一郎は動揺したが、記録では一発だけだった。それこそ彼も未だに、あのときの記憶がないのだ。
光に反応する程度から、ものの形が分かるようにまで、陽美の視力は回復した。だが、時折酷い頭痛に襲われる。傷が痛むのならまだしも、傷ついた頭の中が痛いのだろう。苦しがって泣き喚くのは、家族には見ていられない光景だった。宏一郎にとっても母親にとっても、ナースコールを押すことしかできない自分が無力に思えて、辛い。
それでも、頭痛の間隔は少しずつ開いていって、日中は何とか、鎮静剤を打たなくても過ごせる程度にはなる。久しぶりに休みが取れたので、宏一郎は朝から病院に行き、母親に、自宅に帰って休むように言った。
「そうね、ありがとう」
そして、陽美の父親が迎えに来る。
「久しぶりだな」
宏一郎は黙って頷いた。特に話題もない。
「……これで、少しは楽になったか?」
「何が」
「あのときお前に、『娘を傷ものにしやがって』と言ってしまったこと……、悪かった。お前のせいじゃない。ずっと、責任を感じさせていたと思うと」
「別に、本当に俺のせいだから……」
顔を背け、ぼそっと言い返す。今更くどくど、鬱陶しいと思う。
「誰のせいでもない。それにこれからは、治るだけだろう。お前が陽美を大切に思い、そしてお前を慕うことで、陽美がまっすぐに育ってくれたことには、感謝している」
「……あんたやおふくろが、そういう育て方をしたからだろ」
陽美の父は首を振り、何も答えずにそのまま出ていった。背中に向かって、宏一郎は呼び掛ける。
「おふくろを、休ませてやってくれ。くたびれてる」
廊下を歩く男は、軽く手を挙げて去っていく。今になって、初めてまともに話ができた、気がする。
「お父さんと、仲直りしたの?」
「寝てなかったのか。じゃ何か声出せよ。黙って聞いてるなんて、嫌な奴だな」
照れ隠しにずけずけと言ってみたが、陽美は笑っているだけだ。
「良かった。ねえお兄ちゃん、起こして」
「一人で起きれるだろうが」
そう言っても、絶対に手は貸す。陽美も分かっているだろうと思うと、また小憎らしいが仕方ない。ベッドに腰掛けさせ、眩しいかとの気遣いと、もう一つの理由から、窓際のカーテンを引いた。
「ルミ」
「なあに」
「奥の人は検査でいなくて、そっちの人は、面会が来てカフェテリアに行った。だから、」
陽美は何も言わず、目を閉じたまま顔を上げる。その背に腕を回して抱き寄せ、唇を合わせた。触れるだけでは気が済まず、舌をこじ入れて心ゆくまで味わう。今さっき、陽美の父親と少しは心が通い合ったばかりなのに。家族というまとまりを崩壊させる行為だと分かっていても、止められない……。
「何で、ルミは嫌がらないんだろうな」
「だってお兄ちゃんのこと、」
陽美の答えは無視して、宏一郎は続ける。
「案外、まだ見えてないのかも知れん」
「見えるよ。前よりずっと、カッコよくなってた」
「俺は変わらんぞ。だからそれは、ルミの妄想だ」
「本当だもの。それに……」
彼の胸にぺたりと顔をつけ、陽美が呟く。
「だから、ずっと好きになった。誰にも取られたくない」
「ふん。惚れ直したとでも?」
「うん」
「バカだな。俺もお前も」
それでも、周囲の目を盗んで、唇を重ねる程度だ。その先にはまだ、進めない。今は。
遅かれ早かれ、限界を越えてしまうかもしれない。だが、危うく堪えている辛さも、どこか快い。
「今日は頭、痛くならないといいな」
「うん」
非常に危うい二人ですが、今すぐどうにかなるとは思えない。とはいえ、どちらかが欠けるとか、非常事態が起きない限り、他の誰かを選ぶとも思えない。どこかへ逃げたとしても、何とか暮らして行けそうですが、でもそうしたら、親が悲しむだろうと思って止めそう、割と常識人なところもありそうです。
せっかくの文章遊びに現実の判断基準を持ちこむのも何ですが、この、ふわふわした気持ちのいいところで止めておきます。