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あにいもうと  作者: 響子
3/4

03 Peaches

「桃のような……」

 手術を受けることに決め、入院するのだと聞いて、宏一郎は病院を訪ねた。四人部屋だが広く日当たりも良い病室で、居心地も悪くなさそうだったが……。

「どうした?」

 洋服のままベッドに腰かけていた陽美は、目を赤く腫らしていた。付き添いの母親が、困ったように彼を見る。

「ほら、陽美。宏一郎に言ってごらん。笑われるから」

「……」

「何だよ」

 黙っている陽美に代わり、母親が説明した。

「頭の手術だからね、髪を切られるんだって。それを宏一郎に見られたくないって、だからやっぱり嫌だとか、さっき泣き出して」

「髪なんか、すぐ伸びるじゃないか」

「やだ。恥かしい」

「じゃあ、元の長さになるまで、会いに来ない。それでいいな?」

「えっ」

 陽美の両目から、みるみる涙が溢れる。母親が横で怒りだした。

「余計に泣かせてどうするのよ、もう……」

「手術は明後日って言ってたな。今日は何かあるのか?」

「検査ももう終わったし、今日はゆっくり休んで、明日また別の検査って」

「ふーん。……あ、あのう、済みません」

 ちょうど通りかかった看護師を捕まえ、宏一郎は何事か訊ねた。

「近くなら、出かけてもいいってさ。ルミ、一緒に帽子を買いに行くぞ。いっそ、金髪のカツラがいいか?」

「うん!」

 もう機嫌を直して、陽美は立ち上がる。戸惑う母親をそこに残し、二人は病室を出た。


 とはいえ宏一郎には、帽子やウィッグなど、どこに売っているのかも分からない。

「デパートかな……? とりあえず、大家に聞いてみるか」

 ブティックを開いているのなら、何かしら知っているかもしれない。結構いい加減な判断ではあるが、彼は自分が借りているマンションの一階にある、オーナーの店に電話をしてみた。

「うちには置いてませんけど、ヘアスタイリストの知り合いがいるので、聞いてみますね。何か持っているようなら、店の方に持ってこさせるので……」

 そう言われて、二人はタクシーに乗った。店の前に着いて、支払いを済ませていると、黒いポルシェが大きな音を立てて横に滑り込む。うるさいし運転も乱暴で、駐車違反で検挙しようかと思ったほどだが、ビルの敷地内だった。まさか、という嫌な予感は当たり、運転していた男は大きな荷物を持って、ブティックに入って行く。

「ちょうど良かった。高邑さん、友人の、」

「ケンジです。よろしくー」

『貴様には名字がないのか?』内心毒づきつつ、宏一郎は軽い会釈で済ませる。

「さっそくですが。妹が手術を受けることになって、髪を切られるんです。若い娘ですからね、嫌がっているので、帽子なりウィッグなりを探しているのですが」

「勿体ないなあー。あの、触っていいですか?」

「おい!」

 制止など聞かず、ケンジという男は陽美の長い髪に触れてみる。それでも、思いのほか真剣な目と、優しい扱いに、宏一郎も黙った。

「手術から、何日後くらいに使うんですか? もし嫌でなければ、今切って、ご自分の髪でウィッグを作ってあげられるかもしれない。どうせ病院で適当に切られるんでしょ? それよりは……」

「聞いてるか?」

 宏一郎は陽美を振り返る。

「わかんない。でも、自分の髪でって面白いね」

「だそうです。実際、作るのには何日くらい?」

「急いだとして、三週間から一か月かな。でも、全部剃られたとしたら、ある程度の形になるためには一年はかかるし、持ってても困らないと思うよ。第一、こんなに綺麗な髪を、ただ捨ててしまうのは勿体ない」

 ケンジはまた、陽美の髪を一筋取って撫でた。宏一郎が物凄い顔をして睨んでいることや、友人の店長が冷や冷やしていることなど、全く気づいていない。

「じゃあ、お願いします。手術は明後日なの。今日と明日だけなら、髪が短くてもいいわ」

「オーケー。うんと可愛くしてあげるよ。じゃ、場所貸して」

「貸して、って。ここ、洋服屋で……」

「いいじゃない。大きい鏡もあるし、どうせ暇だろ」

 手早くシートを広げ、椅子を乗せて陽美を座らせる。長い髪を結わえ、一言謝ってから、襟元でばっさりと切った。それを使うらしく別にして、今度は陽美の髪を切っていく。細かくレイヤーを入れ、自然に丸く整えた。フロントはかなり梳いて、ふわりと立ち上げる。たとえ一日二日であっても、自分が満足する出来にしたいのだろう。やがて、軽い感じのボブになった。

「うん。可愛い。ウィッグのデザインも、取り敢えずはこれで作るね。切ることはできるし」

「……あ、ああ。そうだな」

 宏一郎の返事に違和感を覚え、陽美が問いかける。

「お兄ちゃん、どうしたの?」

「短い髪を、見慣れないせいだよ。ずっと長かったじゃないか」

「そっか。変なのかと思って心配しちゃった」

「失礼しちゃうなー。俺が変な髪にするはずないじゃん」

 美容師がずけずけと割り込み、宏一郎はむっとして言い返す。

「おい君、その口の利き方は」

「ケ、ケンジ……、初対面なんだから……」

 結局、店長の若者が間に入り、一人でおろおろする羽目になった。

「少しでも髪が伸びたら、すっごく可愛いベリーショートにしてあげるからね」

「わあ、お願いします」

「行くぞ」

 非常に不機嫌になった宏一郎が、陽美を急かす。それでも一応、紹介者には礼を言おうと振り返った。

「ええと、島村さん。お世話になりました」

「い、いえ。あの、それより……」

 だが、宏一郎たちはもう外に出ていた。そして、ケンジという美容師が首をひねり、友人の若者に問いかける。

「何でお前のこと、『島村』って呼ぶんだ?」

「話せば長いことながら……。とにかく、誤解なんだ」


「お兄ちゃん、お部屋に連れて行って」

「髪の毛でも襟に入ったのか? 気持ち悪いなら、見てやろうか」

 襟元を気にする陽美を見て、宏一郎が訊ねた。

「ううん。もう少し、お兄ちゃんと二人でいたいの」

「……まあ、時間はまだあるが」

 部屋のドアを開けたら、陽美はどんどんと中に入って行く。

「おい、ルミ」

 突き当たりの寝室は、先程起きたまま、ベッドを整えてもいない。陽美には見えないにしても、若い娘を入れていい状態ではない。それでも彼女は記憶を頼りに入りこみ、手探りでベッドを見つけて、そこに腰をかけた。

「こんなに短いの、小さい頃以来かな」

「そうだな」

「お兄ちゃんが褒めてくれないから、失敗したかと思った」

「いや、見違えただけだ。さっきの美容師と同じことを言うのは癪だが、可愛いよ」

「良かった。お兄ちゃんが覚えてる最後の私が、変な髪型だったら嫌だもん」

「何言ってんだ。縁起でもない。無事に終わって半年もしたら、また切ってもらえ。そのときこそ、変な髪型だって笑ってやる」

 努めて明るく言い聞かせたが、陽美は俯き、やっと口を開いた。

「……お兄ちゃん、怖いよ」

「大丈夫だ」

 何の根拠もないが、そう言い聞かせるしかない。

「抱っこして、お兄ちゃん。このまま死にたくない」

「だから、死んだりなんかしないって……。ルミ……」

 襟のボタンを外し始める手を、宏一郎は急いで押さえて止めた。だが、どうしていいか分からない。陽美はあのときのように、その手を伝い、彼自身に縋ってくる。

「お兄ちゃん」

 妹の頬が濡れているのは、彼には見るにしのびない光景だった。ならば、見なければいい。目を閉じてもっと近づけば、何も目に入らない。思い切って抱き寄せ、また、唇を合わせる。ただ触れるだけではなく、深く重ねて、心ゆくまで味わった。そしてそのまま、ベッドの上に押し倒す。

「ルミ」

「……うん」

「俺のものになるか」

「うん」

 ブラウスのボタンは、既にいくつも外れている。かき分ければ大きく寛がり、白い肌が見えた。敢えて下着は取らず、ブラジャーのカップに手を入れて、胸のふくらみを掴んで引き出す。

「いたあい」

「ふん」

 甘えた口調で、本当に痛いとは思えない。誰が教えた訳でもないだろうが、女とは可愛いものだ。宏一郎はそこに顔を近づけていき、ぷっくりと立った濃い桃色の乳首の横に、軽く歯を立てる。

「ああっ」

 陽美が声を上げたが、構わない。今度はそこに、強く吸いついた。

「お兄ちゃ、あ……」

 しばらく唇をつけていたが、やがて顔を上げる。歯の痕と、吸いついたところはミミズ腫れになり、赤紫に変色していた。

「続きは、治ってからだ」

「やだ。酷いよ、お兄ちゃん」

「……覚悟はできてる。おふくろは嘆くだろうが、ルミを連れて、どこへでも逃げればいい。だが、今のお前は大切な身体だ。万全の状態でなくては、治るものも治らないだろう?ルミの目が見えるようになって、それでもまだ、俺のことが好きだとか寝言を言うのなら、泣いても喚いても俺のものにするし、嫌だと言ってもさらって行く」

「嫌だなんて言わない」

「ルミはもう、何年も俺に会ってないんだ。分からんぞ。誰、このオジサン、と言うかも知れん」

 会っていないのではなく、見えていないのだ。だが、同じことだ。

「いわない」

「そのとき、ちゃんと言ってくれ。それから」

 陽美のブラウスのボタンを留めてやりながら、耳に囁く。

「見られないようにしろよ? 俺が噛みついたところ」

「ええっ」

「俺のものだからな、印をつけておいた。しばらくは残ってるだろ。消えるころには、たとえ病院のベッドの上でも、またつけてやる」

「うん」

 頬を染めて頷くのが、堪らなく可愛い。乳房にキスマークだけつけて放した自分が、信じられないくらいだ。

「実際、うっかりルミを抱いたりしたら」

「うっかりだなんて、酷い」

「言葉のあやだ。とにかく、俺が服を着せなきゃならんだろ? 女の下着なんて、どうなってるんだかよく分からないし、もし間違えて裏返しとかだったら……、犯人は俺しかいない訳で……、おふくろが包丁を持って追いかけてくるだろう。ルミを連れて逃げるならともかく、俺一人でどうしろって言うんだよ」

 陽美は噴き出し、楽しそうに笑った。その声に、宏一郎も安心する。

 妹の存在が大きすぎるせいで、自分から近づくことはなかったが、何人もの女性が彼に惹かれ、去っていった。潜入捜査で、女性を利用したこともある。陽美に嫌われるような容姿ではない。脱がせたことは多くても、着せたことがないのは事実で、女の下着が苦手だというのは、嘘にはならないが。


「ただいま」

「全く、勝手に出て行って……」

 母親は二人を叱りつけ、小さな紙袋からスカーフを取りだす。

「何だそれ」

「あんたのところの大家さんだって人が来て」

「ああ、そいつのところに行ってた」

「ウィッグを作るって話をしたけど、出来上がるまでは日にちがかかるから、こうして包んでるといいですよって。一つ形を作って、あと二枚置いてった。お見舞いにさせてくださいって」

「洋服屋だしな。スカーフくらいたくさんあるだろ」

「バカだね。気持ちが有難いじゃないの。ちゃんとお礼言っておきなさい。それに、何であんたたちの方が遅いの? どこで道草食ってた?」

「……」

Peachsはお尻ですが、胸が出てきたので……(くだらないぞ)

かなりぎりぎりですが、まだ何とか、こちら側に踏みとどまっている二人です

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