手作りパン屋さんを「機械が作っているくせに!」と糾弾した結果
毎朝四時、ルカの手によって一つひとつ丹念に捏ね上げられる手作りのパン
――それが、この村の豊かさのはじまりだった。
手作りで生み出される奇跡の食感。
外はパリッと香ばしく、中は驚くほどしっとりとした『黄金のメロンパン』は、職人ルカの血のにじむような努力と技術と手仕事の結晶だった。
その卓越した美味しさは評判を呼び、村の外からも若い見習い職人たちが「ルカさんの手仕事を一目見たい」と、ひっきりなしに工房へ見学に訪れるほどだった。
『黄金のメロンパン』の評判が広まると近隣の街の乗合馬車も運行されるようになり、連日、買い出しの客が村に押し寄せた。パンを求める客のために宿屋ができ、お茶屋ができ、土産物屋が並んだ。ルカがパンに使うものと同じものを買いたいと、村人が丹精込めて作る野菜や小麦まで高値で売れるようになり、村は活気あふれる宿場町へと、変貌を遂げたのだ。
だが、村一番のグルメを自称するゴードンが、ルカの『黄金のメロンパン』に言いがかりをつけ始めた。
「おいおい、手作りなんて言っているが、騙されるなよ。このパンの網目の角度、寸分違わぬ丸み、均一すぎる焼き色……おかしいと思わないのか?
手作りでこんなに同じものを毎日何百個も作れるわけがない。
絶対に手作りじゃない、オレの目はごまかせないね。『自動パン捏ね機』を使って、ボタン一つで楽をしているに決まっている!」
ルカは困惑しながらも丁寧に説明した。
「そんな機械なんて使っていません。
毎朝の気温や湿度に合わせ、生地を手で捏ねる回数を一回単位で調整し、指先の感覚だけで成形しているんです」
工房に学びに来ていた見習い職人たちも、ルカの説明を後押しした。
「そうですよ、僕たちは毎朝ルカさんの仕込みを隣で見ているんです。
機械なんてどこにもありません、全てルカさんの手作りです」
しかしゴードンは鼻で笑い、嘲笑を浮かべた。
「ハッ! 見習いの青二才どもまで口裏を合わせやがって!
そうやってペラペラと必死に言い訳を並べ立てること自体が、後ろ暗いことのある何よりの証拠なんだよ!
いいか、よく聞け?
本当に手作りならな、もっと形に不揃いさが出るはずなんだ。舌触りも機械で作ったものだ、人の手で作った温かみを感じない。
俺の舌と経験が、そう言っている!」
「舌と経験って……。
そんなの何の根拠にもなっていないじゃないですか!?」
「何だと? 色々な街でたくさんの食べ物を食べ歩いた俺の舌と経験を疑うのか!?
じゃあ逆に、手作りだっていう根拠を出してみろ!
ズルをして楽をして大儲けしやがって、この詐欺師どもめ!」
ゴードンの声の大きさと自信満々な態度に、最初はルカの手仕事を信じていた村人たちも、次第に疑いの目を向けるようになった。
「そう言われてみれば……いくらなんでも均等すぎるわよね。味だって、いつでも変わらないし」
「人間じゃ無理よね。やっぱり見習いも抱き込んで、楽して儲けてるんじゃないの?」
「機械で作ったニセモノを『手作り』って偽って売るなんて、人を騙して恥ずかしくないのかしら?」
根拠など何一つない。
「いつでも同じ味」
「大きさも形もどれも同じ」
「そんなことが人にできるはずがない」
ただ、そんな身勝手な決めつけと妄想だけで、誹謗中傷の嵐がルカに浴びせかけられるようになった。
村人たちの侮蔑の目に晒されたルカは、自身の潔白を証明するため、機械を使っていると決めつけたゴードンと村の有力者たちを直接パン工房の中に招き入れ、目の前でパン作りの全工程を見せることにした。
早朝の生地捏ねから発酵、成形、焼き上げまで、一切の隙もなく目の前で手作業だけで進めていく。見習いたちが見守る中、窯から焼き上がったのは、やはり寸分違わぬ完璧で美しいメロンパンだった。
ルカは肩で息をしながら、目の前に立つゴードンたちを見つめた。
「僕が手だけで作ったのが分かったでしょう!? さあ、食べてみてください!
どこにも機械なんてないことを、目の前で確認されたはずです!」
だが、ゴードンは納得するどころか、ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべた。
「ハハハ! くだらん手品を見せられたな! みなさん、騙されてはいけませんよ?」
工房を出るやいなや、ゴードンは大声で村じゅうに触れ回った。
「奴はパン生地を窯に入れる時、あらかじめ隠しておいた機械で作った生地とすり替えた!
『黄金のメロンパン』は、やっぱり『自動パン捏ね機』を使って作っていた!」
「なっ……!? ずっと目の前で最初から焼き上がるまで見ていたじゃないですか!?」
「いいや、すり替えたね! 俺の目は誤魔化せないぞ! 反論があるならすり替えていない、っていう証拠を出してみろ!」
「だから、目の前で作ったじゃないですか! ウソをつかないでください!
それにありもしない機械がないことを、どうやって証明できるんです!? なんなら工房中を探してみてください!」
「ほーら、そうやって逆ギレする!
ずっと見ていたからこそ、すり替えたって言っているんだ! それに工房を探したって、お前に隠されたら見つからないだろ?
だいたい客に不信感を与えている時点で、職人失格なんだよ!」
村人たちも一緒になって口々に罵声を浴びせる。
「そうだそうだ! ゴードンさんが見破ってくれたぞ!」
「客を騙していたなんて、とんでもない奴だ! 素直に機械を使いましたって認めろ!」
「見習いの奴らもグルだったんだな! 嘘つき! 詐欺師! 村から出ていけ!」
――やっていないことを「やっていないない」と証明することなど、誰にもできない。
最初からパン作りの工程を見せても、どれだけ誠実に説明しても、「ズルをしている」という結論をあらかじめ決めている者たちの前では、すべての言葉が「言い訳」に受け取られてしまうのだ。
見習いたちは悔し涙を流し、ルカの心は音を立てて完全に折れた。
翌朝。
心がボロボロになったルカは、粉の計量を間違え、生地を捏ねる力の加減も狂い、発酵時間も調整が上手くいかず、焼きムラだらけで形が不細工で不揃いのパンしか作れなかった。
それを見たゴードンと村人たちは、勝ち誇った顔で叫び散らした。
「ほら見ろ! この形が不揃いのパンを!」
「舌触りもバラバラだし、味だって均一じゃないぞ!」
「ハハハ! ざまあみろ! からくりを暴かれれば、お前はこんなゴミみたいなパンしか焼けないんだな!」
「やっぱり『黄金のメロンパン』は、隠れて機械を使っていたんだ!」
「機械を使ったのなら、 手作りだなんて二度と口にするなよ!」
ルカは長い時間をかけて積み重ねてきた研鑽と誇りが、理不尽に叩き潰された悔しさに涙した。そして深い悲しみから、ただただ口を閉ざした。
その夜、ルカは見習いたちを優しく諭して去らせ、静かに店の看板を下ろして街を去った。
それから、半年。
村を訪れる客足は、完全に途絶えた。
客が来なくなれば、宿屋は潰れた。お茶屋も土産物屋も次々と暖簾を下ろした。村の野菜や小麦を買う者もおらず、作物は畑で腐っていった。
最初は「それ見たことか」と言わんばかりにドヤ顔を浮かべ、自分が村の欺瞞を暴いた英雄であるかのように誇らしげに振る舞っていたゴードン。しかしルカが店を畳み、黙って村を出て行ってしまうと、事態は一変した。
パン屋が消えたことで急激に村に人が来なくなり……村人たちが焦りと不安を募らせ、ゴードンを責め立て始めると、彼は一転して態度を翻した。
「俺はただ、指摘しただけだ。ルカが村を出て行ったのは、俺とは関係ない!」
なりふり構わず保身に走り、責任逃れを始めるゴードン。
村人たちから「本当にあのパン屋は手作りじゃなかったのか? 根拠はあったのか?」と詰め寄られても、彼はまともな答えを返せない。
やがて返答に詰まり追い詰められたゴードンは、「だいたい、お前らだって乗っかって同じようなこと言ってただろ!」と、最後は感情的になって逆ギレしてみせた。
そして村人たちが呆然とする隙に、逃げるように村を飛び出し、何ひとつ責任を取ることはなかった。
活気を失い寂れた村に逆戻りして、初めて村人たちはルカのパンについて真剣に考えた。
「……なぁ、本当にルカは機械を使っていたんだろうか?」
「よく考えたら見習いの人たちも毎朝仕込みを見ているって言っていた……。見に行ったときも、目の前で焼き上げていたじゃないか……」
「もしかして、ルカの言うことの方が正しかったんじゃないの……?」
きちんと冷静な頭で考えれば、ゴードンの主張はただの言いがかりと決めつけでしかなかったことに気がついた。
「そもそも……。
なんで私たちはあんなにムキになって『機械を使っている』って叩いていたんだろう……?」
「美味しくて、みんなが喜んで買いに来てくれて、宿屋も繁盛して野菜も売れて、村全体が幸せだったのに……」
「仮に……。
万が一にでも機械だったとしても、誰も困っていなかったじゃないか……?
どうしてあんなにムキになって、ルカを叩いてしまったんだ……」
失って初めて気づく愚かさと、取り返しのつかない後悔。
村人たちはパン屋があった空き地を見つめながら、二度と戻らないかつての繁栄と美味しいパンの味を思い出し、ただただ立ち尽くすのだった。
村=どこかの小説サイト
ゴードン=AIじゃねーか? と決めつける感想




