お中元
「ーいらっしゃいませ」
出迎えられ、伊藤は緊張気味に郵便局の中に入る。
外気は灼熱のようだったので、涼しい室内にほっとする。
それから窓口に行くと、
「あの…!!」
まるで初めて来たかのように、声をかける。
年は20過ぎているのに、まだまだだなと痛感する。
「はい、何でしょうか?」
窓口にいた男性は40代くらいだろうか。
整った顔をしており、熱さの中にいても平気な顔をしていそうな、そんな印象を受ける。
「お中元のことなんですけど」
話をきり出すと、伊藤は長く縛った髪を払う。
相手が堂々としているなら、自分も堂々としなくては駄目だと、勝手に思いつめていた。
息をふーと吐き出す。
「あの、荷物は…?」
「あの、荷物とかじゃなくて、郵便局で注文したいんですが…」
手を握りしめ、用件を伝えると、局員さんが明るい声を出す。
「ありがとうございます。何をご注文でしょうか?」
「それが…まだ」
恐る恐る言うと、局員さんは構わず、パンフレットを出してくる。
「どんなものがいいでしょうか?」
「そうですね…。親戚のおじさんとおばさんに贈りたいんです」
「親戚の方なんですね」
「は、はい…!!」
伊藤は大きくうなずくと、続けて言う。
「小さい頃から可愛がってもらって…。ようやく初給料を手にしたので、贈り物をしたいと考えまして」
「それは…。おめでとうございます。良かったですね」
局員さんは素直に言ってくれ、伊藤は助かる。
「いくつくらいの方でしょうか?」
「私が20代なので、おじとおばは、その倍の40代でしょうか」
「そうですか。お好きなものはありますか?」
「好きなもの…。お酒かお菓子が好きなようで」
伊藤はすらすらと喋られるようになり、局員さんが魔法をかけてくれたかのようだった。
頭を突き合わせて、パンフレットを眺める。
「えっと…ビールだけのほうがいいですか? それとも」
局員さんがパンフレットをゆっくりめくってくれ、伊藤は商品を品定めする。
「できれば、子どもようのお菓子が、ジュースがついているといいんですが」
「なるほど。それなら」
ページをめくり、ジュースとビールのセットを指してくる。
「こちらはいかがでしょうか? 値段もまあまあですし」
「そうですね…。あまり高いと恐縮しますし、安すぎるとがっかりさせてしまうような気がして…」
「難しいですね。日本のしきたりって」
「そうですね」
ふわりと伊藤が笑うと、局員さんも笑顔になる。
相乗効果で局内の雰囲気が柔らかくて、優しいものになる。
「あ、ジュース、缶とパックがあるんですね」
「そうですね。どちらがよろしいですか?」
「うーん、どっちにしよう」
缶もパックも、変わらないと思うのだが、できるだけ大きく喜んで欲しいので、おじとおばの顔を思い出す。
ーおじさんは辛党で、おばさんは甘党だからな。
腕を組んで頭を悩ました末に、伊藤はパックを指さす。
「こっちのほうが、捨てる時に楽そうなので」
「はい、分かりました。他のセットは見なくても…?」
「これに決めます。よろしくお願いします」
頭を下げると、局員さんが用紙を出してくる。
「それではここに送る方の住所と氏名、こちらには贈り主の名前をお書きください」
ポールペンを渡され、伊藤はバッグからスマホを取り出す。
おじとおばの住所を表示すると、間違わないように書いていく。
「綺麗な字ですね」
褒められて、伊藤は「え」と声を出してしまった。
慌てて口を閉じると、ぺこりと頭を下げる。
そんなことを言われたのは、初めてだった。
「あとは私の住所を書いて…」
すらすらと住所と氏名、電話番号を書くと、局員さんに方向を向けて差し出す。
「お願いします」
「はい。確かに。少々、お待ちください」
局員さんはそう言うと、パンフレットの品番を書いていく。
私はドキドキしながら、待つ。
ーおじさんと、おばさん、喜んでくれるかな?
泣き虫で内気だった自分に、惜しみない愛情を与えてくれて、一緒に色んな遊びをしてくれた2人。
そんな2人に、恩返しがしたいと思うのは、伊藤だけではないようだった。
ーもしかしたら、親よりも可愛いがってもらったかもしれない。
伊藤の家は普通のサラリーマンだが、父親が転勤が多く、あまり家にいなかったのだった。
母親も家計を支えるために、伊藤が中学生の時には、働きに出てしまったので、淋しい思いをしたものだった。
それをカバーしてくれたのが、おじとおばだった。
遊びに行くと、必ず何をしたいのか聞いてくれ、食べたいものも、飲みたいものも、伊藤の好きにさせてくれた。
ーおじさんとおばさんの子どもとも、よく遊んだし。
もう大きくなっているが、一緒にブランコに乗ったり、かくれんぼをしたりと、わんぱくな従兄弟だった。
「手続きが完了しました」
「え…。あ、はい!!」
ぼうっとしていた伊藤は目を覚まし、局員さんの手元を見る。
「確認してください。まずは品物はこちらでいいですね?」
「えっと…は、はい。それでOKです」
「あと贈り主の住所と氏名、電話番号をもう一度、確認をお願いいたします」
「住所は…」
指でなぞりながら、注文が間違っていないか、確認する。
「はい、大丈夫です」
「ではお会計を」
伊藤はバッグから財布を取り出すと、レジに出た金額をぴったりと払う。
小銭を使うのが、買い物の楽しみだと、伊藤は勝手に決めていた。
「ありがとうございます。…レシートを」
「はい。ありがとうございます」
レシートを受け取ると、贈り主が書かれた用紙のお客様専用のものを切り離されて、それを受け取る。
「大事に保管しておいてください」
「は、はい。分かりました」
渡された紙とレシートを財布にしまうと、伊藤は頭を下げる。
「よろしくお願いいたします」
「はい。またのご利用をお待ちしております」
深々と頭を下げられ、伊藤は郵便局を後にする。
外は太陽が主役で、燦々と輝いている。
「早く届くといいな」
おじとおばの嬉しそうな顔を思い浮かべ、伊藤は駐車場に停めた車に乗り込んだのだった。




