第一級半殺人請負業 ヤリステ絶対許さない隊
第一級半殺人請負業 ヤリステ絶対許さない隊のお話です。
一 四人の半殺し屋
第一級半殺人請負業 ヤリステ絶対許さない隊
通称: ヤゼ隊
日本に四人しかいないと言われているれっきとした職業だ。
戸籍にも納税記録にも卒アルにも残らない、四人の女たち。
彼女たちはたった一種類の男だけを専門に狩る。
狩りの対象は、ヤッた直後・付き合った直後に急に冷たくなる男たち。
昨日まで一日四十通のLINEを送ってきたくせに今日は既読すらつけない男。
「運命だと思う」と言った三日後に「重い」と言う男。
本命とキープを脳内でExcel管理している男。
そういう男たちを、彼女たちは斬る。
ただし、殺さない。殺すと楽になってしまうからだ。
斬られた男は――なぜか永久に痩せられなくなる。
走っても、断食しても、サウナで茹だっても、一グラムも減らない。
体は強制的に作り替えられ、腹が出て、首が太くなり、髪は激しく後退する。
かくして男は「絶対に痩せられない呪いのかかった、圧倒的にモテない太ったおじさん」になる。
たとえその男が17歳のイケイケ男子高校生だったとしてもおじさんになってしまう。
原理は不明だが、ともかくそういうふうになる。
もしかすると、世界で一番、罪に見合った刑かもしれなかった。
目には目を。歯には歯を。因果応報である。
なお、四人は決して群れない。一つの標的に、一人だけ。
残り三人がどこで何をしているかは、本人たちも知らない。
わかっているのは、今夜もこの街のどこかで一人が刀を抜いているということだけだ。
二 斬られるクズたち
その夜、街は豊作だった。
バーの裏口。一人目。
「いやー、あの子マジ重くてさ。既読つけんの、もうだるいわ」
スマホ片手にそう笑った男の背後で、銀の光がひらめいた。
ザシュッ。
「……あれ?」
男のシャツのボタンが、内側からはじけ飛んだ。腹が、せり出してきたのだ。
鏡張りの壁に映ったのは、たった三秒前まで自慢のシックスパックだった場所に鎮座する、見事な太鼓腹。
「な、なんで俺の腹筋がっ……?! うわ、髪!? 髪も!?」
男は、見る間に丸い顔のおじさんになり、泣きながら裏路地へ転がっていった。
二人目。
隣で眠る新しい彼女を尻目に、マッチングアプリで次の女をスワイプしていた男。
親指が右に滑ったその瞬間。
ザクッ。
スマホが手から落ちた。画面には無情な通知。
『あなたのプロフィールへの『いいね』が、全員から取り消されました!♡』
男は自分の二重あごをさすりながら、画面の中で誰からも選ばれない男になっていた。
後日聞くところによると彼女にも振られ、泣きながらその元彼女にすがりついたという。
三人目。四人目。五人目。
「ごめん俺いま自分のことで精一杯で」と送った男――シャッ。
「好きとは言ってないよね?」と言い張った男――ドゴォンッ。
誕生日に「おめでとう」のスタンプ一個だけ送って既読無視した男――ドウィン!ガカァン!ザァン!
斬られるたび、男たちはぼよんぼよんと膨らみ髪が無くなり、夜の街へ転がっていく。
刃をふるう覆面の女たちは、表情ひとつ変えない。
彼女たちにとってこれは退治ではなく、ただの清掃だった。
三 誠実イケメン、参上
ところが、この街には一人厄介な男がいた。
真壁誠。二十六歳。誠実イケメン。
横顔だけで電車の女子高生がざわつき、コンビニの店員がレシートに連絡先を書いてしまう、罪な男である。
ただし本人はそれを一度も使ったことがない。誠実だからだ。
そして彼には、妙な正義感があった。
その夜も、覆面の女がまさに六人目を斬ろうとした瞬間――
誠が横から猛然と飛び込んできた。
「どうしてそんな酷いことをするんだ!」
体を張って男を庇い、刃を受け流す。
庇われた男(彼女に「やっぱ無理、冷めた」と三行で送った男)は、誠の背中でガタガタ震えていた。
「人を裁判もなしに太らせるなんて、許されない!
どんな人間にも、弁明の機会があるはずだ!」
覆面の女は、初めてわずかに眉を動かした。
「……男の味方、というわけか」
「違う!俺は、正しさの味方だ!」
女は刀を引いた。そして、去り際に一言だけ言った。
「立ち続ければ、いずれお前も腹の出たおじさんになる。それでもいいのか」
「望むところだ!」
誠の背中で、庇われた男が、こっそり別の女にLINEを打っていた。
「いまヤバいのに絡まれてる、今夜会えそーw」
誠は、それに気づいていなかった。
四 受け継がれるクズの意志
その日から、誠は街じゅうで体を張った。
斬られかけた男に飛びつき刃を受け流し、「彼にも事情があるはずだ!」と叫ぶ。
誠実イケメンが命がけで守る姿に、街の人々は拍手した。
ところが、だ。
誠が救った一人目はその三日後、別の女に同じことをして結局おじさんになった。
二人目は、救われたその夜元カノの鍵アカウントをこっそり覗いていた。
三人目に至っては、礼も言わずこう吐き捨てて逃げた。
「邪魔すんなよ、せっかく逃げ切れたのに」
誠は、雨の街でひとり立ち尽くした。
「……俺は、いったい誰を守っていたんだ?」
そこで、彼はようやく気づいてしまった。
自分が反射的に男を庇うこの行為こそ、本物のクズが逃げ込む、最高の盾になっていたことに。
「男の味方」を名乗ったその瞬間から、彼は街じゅうのヤリチンの守護神だったのだ。
「……守るべきは、すべての男じゃない」
誠は、こぶしを握った。
「何か事情がある、まっとうな男だ。クズはむしろ、斬られていい」
その夜から、誠は立ち方を変えた。
もう反射では庇わない。斬られる前に、たった一度だけ確かめる。
――こいつには、本当に弁明の余地があるのか、と。
五 誤爆
雨の夜。覆面の女が、また一人で立っていた。
今夜の標的は、橘という男。
ここ数日、交際相手にまったく連絡を返していない。
冷却、沈黙、既読無視。条件は、過去のどのクズとも寸分違わなかった。
刃が、橘の背に迫る。
誠は、その路地に立っていた。
今度は叫びながら飛び込んだりはしなかった。
ただ、橘と刃のあいだに静かに体を置いて、こう言った。
「待ってくれ。彼に一度だけ、話させてやってほしい。
――冷めたのか、何か理由があるのか。聞いてからでも、遅くないだろう」
女の目が、わずかに細くなった。
だが、刃は止まらなかった。
「情け無用」
銀の光がまっすぐ振り下ろされた。
誠は、それを避けられなかった。
ザシュッ。
刃は橘ではなく、その前に立った誠の胸を、ザックリと通り抜けた。
「誤爆か」
「まあ仕方ない。我々が正義ではないことはわかっている」
そう言うと、女は橘という男に「次は無い」と目で圧し、目を閉じ、立ち去った。
そして……
六 犠牲
ぼよん。
なんとも気の抜けた音とともに、誠の体が、内側から膨らんでいった。
コートがはちきれ、腹が出て、首が太くなり、髪が後退していく。
電車の女子高生をざわつかせた誠実イケメンは、ものの数秒で、
どこにでもいる、痩せられない太ったおじさんになり果てた。
誠は、自分のせり出した腹をまじまじと見下ろした。
「……重いな」
それでも、その目だけは最初の夜と何ひとつ変わっていなかった。
そこで彼は、自分が守ったはずの橘を振り返った。
――が、そこに橘はいなかった。
斬られた瞬間に、礼の一言もなく、雨の中を一目散に逃げ去っていたのだ。
「……だろうな」
丸くなった顔で、誠はひとり、苦笑した。
命がけで守った男が、振り向きもせず逃げる。今夜もまた、そのパターンである。
それでも、彼に後悔はなかった。
誰かが斬られる前に「待て」と言える者が、この街には一人くらい要る。
たとえそいつが、待つに値しないクズだったとしてもだ。
腹は出たが、誠の背骨だけは一ミリも曲がっていなかった。
後にヤゼ隊最強の敵として立ち塞がる男の最初の敗北。
誠は独りごちる。
「クズたちは容易にはいなくならない。
だが、それでも守らなければならない正義がある。
それが現代の掟だ」
太ったおじさんが言うとどこか説得力はないのだが。
しかしそれでも、元誠実イケメンの戦いは続く――
つづきません。




