観測者
ルーメン(LUMEN)。
それは、裏の世界において“光”を名乗る組織。
彼らは、自らを正義と定義する。
迷いはない。
揺らぎもない。
——正しいから、排除する。
危険な存在は消す。
均衡を乱すものは断つ。
その基準は、ただ一つ。
“自分たちの正義に反するかどうか”。
そして今。
その光に照らされているのが——
ノクス。
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夜。
街を見下ろす高層ビルの一室。
静かな空間の中、数人の人影。
その中心に立つ男が、ゆっくりと口を開いた。
「……興味深い動きだ」
神代大地。
ルーメンの中枢を担う存在。
その瞳に、迷いはない。
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「昨夜の記録です」
部下が端末を操作する。
「ノクスの実行役、同一ターゲットに二名を投入」
「ほう」
神代は目を細める。
「それは、ミスか?」
「可能性は低いかと。ノクスは合理性を重視する組織です」
「……つまり」
神代は静かに言う。
「統制が乱れている」
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「内部の問題か、あるいは——」
わずかに口元が歪む。
「崩壊の兆し、か」
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「……崩壊、ね」
壁にもたれたまま、少女が口を開く。
天城紅葉。
長いワインレッドの髪を指で軽くいじりながら、視線だけを向ける。
「それならさ、放っといてもそのうち勝手に壊れるんじゃない?」
軽い言い方。
でも、目は笑っていない。
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「そうだな」
神代は否定しない。
「だが、判断はまだ早い」
「ふーん」
紅葉は気のない返事をする。
少しだけ考えるように視線を逸らす。
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「慎重すぎじゃない?」
ちらっと神代を見る。
「まあ、あんたっぽいけど」
少しだけラフな口調。
年相応の距離感。
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「無駄な排除は、正義ではない」
神代は淡々と言う。
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紅葉は小さく息を吐く。
「……“正義”、ね」
少しだけ声が落ちる。
「ほんと好きだよね、その言葉」
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「事実だからな」
即答。
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一瞬だけ沈黙。
紅葉は視線を落とす。
そして——
ゆっくり顔を上げる。
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「でもさ」
一歩踏み出す。
「ノクスは、潰すでしょ?」
今度は、はっきりと。
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神代は変わらない。
「いずれな」
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「“いずれ”じゃなくて」
紅葉の声が、わずかに強くなる。
「——絶対に、潰す」
空気が変わる。
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その一言には、
今までの軽さは一切なかった。
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「……あの組織は」
紅葉の目が細くなる。
「存在していい理由がない」
静かに。
だが、確実に。
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「……許す気もない」
小さく、吐き出す。
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その声は大きくない。
けれど——
重い。
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神代は何も言わない。
ただ、その言葉を受け止める。
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「理由は問わない」
それだけを返す。
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紅葉は少しだけ苦笑する。
「ほんと便利だよね、そのスタンス」
でも、すぐに表情を戻す。
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「任務を与える」
神代の一言で空気が締まる。
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「ノクスの実行役を観測しろ」
「接触は?」
「不要」
「戦闘は?」
「避けろ」
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紅葉は一瞬止まる。
「……え、戦っちゃダメなんだ」
少し意外そうに。
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「必要がない」
神代は変わらない。
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紅葉は肩をすくめる。
「まあいいけどさ」
軽く言う。
でも——
その奥には別の感情がある。
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「どうせ、そのうち戦うことになるし」
ぽつりと。
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神代は否定しない。
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「で、誰?」
紅葉が聞く。
神代は端末を操作する。
二つのデータが表示される。
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「昨夜、同時投入された実行役」
「名前は?」
「不明」
「コードネームは?」
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「ブラック」
「……へえ」
紅葉の目がわずかに細くなる。
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「もう一人は?」
「ホワイト」
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一瞬の間。
そして——
「なんかさ」
紅葉が小さく笑う。
「名前、かっこよくない?」
少しだけ素の反応。
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「同じ任務に二人ってのも変だし」
腕を組む。
「ちょっと気になるかも」
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神代が言う。
「どちらも高水準だ」
「ふーん」
紅葉は窓の外を見る。
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夜の街。
変わらない景色。
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「……楽しそう」
ぽつりと呟く。
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「ノクスの人間って、どんな顔してるんだろ」
少しだけ首を傾げる。
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そして——
その表情が、ゆっくり変わる。
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「……まあ」
声が落ちる。
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「どうせ、ろくでもないんだろうけど」
静かに。
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次の瞬間。
はっきりとした言葉。
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「——だから潰す」
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それは、確認でも決意でもない。
ただの“事実”のように。
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紅葉は軽く髪を払う。
「ま、いいや」
いつもの軽さに戻る。
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「ちゃんと見てくるよ」
軽い口調。
でも、その目はブレていない。
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「ブラックと、ホワイト」
小さく名前をなぞる。
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「退屈しなさそうだし」
少しだけ笑う。
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その笑顔の奥にあるのは、
揺るがない敵意。
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光は、すでに動き始めている。
正義という名のもとに。
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そしてその光は、
まだ何も知らない二人へと向けられていた。




