ホワイト
夜。
街の光が落ち着き、音が薄くなる時間。
その中を、白坂ゆいは歩いていた。
昼間とは違う。
教室で見せる柔らかさは消え、表情は静かに整っている。
イヤホンに触れる。
「——ホワイト、接続」
『回線確認。任務を開始する』
返ってくるのは、無機質なオペレーターの声。
橘ひなの——“データ”ではない。
ノクスには複数の管制がいる。
任務ごとに担当が変わるのが基本だ。
「了解」
短く答える。
それで十分。
⸻
ノクス(NOX)。
白坂ゆい——コードネーム“ホワイト”が所属する組織。
表に出ることのない、非公式の実働部隊。
排除、回収、監視。
そのすべてを、静かに終わらせる。
彼女もまた、その実行役の一人。
ただし——
(……私は、私のやり方で)
誰にも聞こえない声で、そう思う。
⸻
『対象は一名。違法薬物流通の仲介役』
端末に情報が表示される。
顔、経歴、現在位置。
一度見れば十分。
記憶する。
「確認した」
『現場は倉庫地区。人通り少』
「了解」
無駄な会話はない。
それでいい。
⸻
現場。
古びた倉庫の影。
対象は、すでに中にいる。
外から様子を確認する。
足音。
位置。
動き。
(単独……警戒はしてる)
だが、甘い。
⸻
裏口から侵入。
音を立てない。
気配も残さない。
暗闇の中でも、視界は問題ない。
「——対象、視認」
『確認』
倉庫の奥。
男が荷物を確認している。
背中が無防備。
(……終わる)
ゆいは一歩踏み出す。
⸻
その瞬間。
床がわずかに軋む。
男が振り向く。
「誰だ!」
声。
だが——遅い。
すでに間合いの中。
腕を取る。
体勢を崩す。
最小限の力で、床に押さえつける。
「ぐっ……!」
抵抗。
だが、無駄が多い。
「動かないで」
静かな声。
刃を喉元へ。
完全に制圧。
⸻
『ホワイト、状況』
「制圧完了」
『排除許可』
一瞬だけ、間。
男の目を見る。
恐怖と焦り。
だが——
(……情報はもう流れてる)
ここで生かす意味は薄い。
「——実行する」
『了解』
⸻
一撃。
無駄はない。
静かに終わる。
音も、痕跡も残さない。
⸻
「……終了」
『任務完了確認』
淡々とした声。
それだけで終わる。
⸻
外に出る。
夜風が当たる。
何も変わらない街。
誰も知らない。
それでいい。
⸻
歩きながら、ふと昼間を思い出す。
教室。
笑い声。
橘ひなの。
佐倉みさき。
そして——
黒瀬ユウ。
「……」
少しだけ、考える。
静かな人。
無駄がない。
(……似てる)
自分と。
そう思った。
⸻
だが、それ以上は考えない。
必要がない。
今はまだ。
⸻
イヤホンに触れる。
通信はすでに切れている。
完全な静寂。
それが、この仕事の終わり。
⸻
白坂ゆい。
コードネーム“ホワイト”。
ノクスの実行者の一人。
そして——
同じ組織に、もう一人。
コードネーム“ブラック”がいることを、
彼女はまだ知らない。




