彼女の視点
春。
新しい教室の扉を開けた時、最初に感じたのは——
静かな緊張だった。
視線が集まる。
珍しいわけじゃない。
転校生なんて、どこでもそういうものだ。
「白坂ゆいです。よろしくお願いします」
簡単に名乗る。
それ以上は必要ない。
余計な印象は残さない方がいい。
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席に座る。
教室を一度だけ見渡す。
人の配置、距離、空気の流れ。
誰が中心で、誰が周囲にいるか。
自然と分かる。
(……問題なさそう)
そう判断して、前を見る。
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数日。
少しずつ、クラスの空気に馴染んでいく。
無理に話しかける必要はない。
話しかけられたら、ちゃんと返す。
それだけで十分だった。
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「ねえねえ、前の学校どんな感じだったの?」
最初に声をかけてきたのは、明るい女の子。
佐倉みさき。
表情が豊かで、距離の詰め方が上手い。
「普通かな」
そう答えると、すぐに会話が広がる。
周りの子たちも加わる。
自然と輪ができる。
(……この人が中心)
すぐに分かる。
場の流れを作る側の人間。
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そして、その隣にいるもう一人。
橘ひなの。
みさきほど前に出るタイプではない。
でも、会話を止めない。
自然に繋ぐ。
空気を整える。
(……バランス型)
少しだけ印象に残る。
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昼休み。
一人で弁当を食べていると、二人が来た。
「白坂さん!」
ひなのと、みさき。
「一緒に食べない?」
断る理由はない。
「……いいの?」
「もちろん!」
明るく笑う。
その空気に乗る形で、席を移動する。
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会話は自然に進んだ。
質問が来て、答える。
無理に話を広げる必要はない。
みさきが広げて、ひなのが繋ぐ。
(……やりやすい)
そう感じた。
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その時、少しだけ視線を感じた。
横を見る。
黒瀬ユウ。
窓際の席で、別の男子と話している。
相沢。
活発で、分かりやすいタイプ。
教室の中でも、動きが大きい。
対して——
黒瀬ユウは静かだった。
無駄がない。
話してはいるが、必要以上に感情を出さない。
(……)
少しだけ、印象に残る。
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数日後。
放課後、教室に戻る。
忘れ物。
誰もいないと思っていたが——
いた。
橘ひなのと、黒瀬ユウ。
二人が話している。
少しだけ、足を止める。
邪魔するつもりはなかった。
だが、気づかれる。
「白坂さん」
ひなのが声をかける。
逃げる理由もない。
そのまま入る。
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軽い会話。
そして——
「この人、黒瀬ユウ」
紹介される。
(……やっぱり)
心の中でだけ思う。
印象に残っていた名前。
「白坂ゆいです」
改めて名乗る。
彼は短く返す。
「……黒瀬だ」
それだけ。
無駄がない。
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少しだけ会話をする。
多くはない。
でも、不自然でもない。
「……静かな人」
そう感じる。
でも——
完全に閉じているわけではない。
必要な分だけ、ちゃんと開いている。
(……変わってる)
悪い意味じゃない。
ただ、少しだけ珍しい。
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「……黒瀬くんって、あまり話さないよね」
聞いてみる。
「そう見えるだけだ」
返答は短い。
だが、会話は成立している。
(……なるほど)
少しだけ理解する。
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教室を出る。
廊下を歩きながら、思う。
このクラスは、悪くない。
うるさすぎず、静かすぎず。
距離感も、ちょうどいい。
そして——
黒瀬ユウ。
橘ひなの。
佐倉みさき。
それぞれ違うが、バランスが取れている。
(……もう少し様子を見る)
それでいい。
今はまだ。
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夕方の光の中、歩きながらふと思う。
ここでの“日常”。
それが、どこまで続くのか。
まだ分からない。
でも——
少なくとも今は。
悪くないと思えた。




