自己紹介
放課後。
教室に残る生徒はまばらになっていた。
俺は席に座ったまま、ノートを閉じる。
特に急ぐ理由もなく、そのまま時間を潰していると——
「ユウ、まだいたんだ」
橘ひなのが、後ろからひょいと顔を出した。
「今帰るところだ」
「ほんとに?」
疑うような目。
「……まあ、どっちでもいいけど」
「ほらやっぱり」
ひなのは笑いながら、前の席に座る。
「今日さ、ちょっと話したいことあって」
「なんだ」
「白坂さんのこと」
少しだけ間。
「……どう思う?」
逆に聞かれる。
「普通だな」
「雑すぎ」
即ツッコミが入る。
「ちゃんと見てるでしょ?」
「見てはいる」
「ほら」
満足そうに頷く。
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その時。
教室の扉が開く音。
二人同時に視線を向ける。
入ってきたのは——
白坂ゆい。
手にはノート。
忘れ物でも取りに来たのだろう。
こちらに気づく。
ほんの一瞬、視線が合う。
(……)
逸らすほどでもない。
だが、続ける理由もない。
⸻
「白坂さん」
ひなのが先に声をかける。
「忘れ物?」
「うん、ノート」
ゆいが軽く持ち上げる。
「やっぱり。私もよくやる」
ひなのは自然に立ち上がる。
そして——そのままこちらに視線を戻す。
「ちょうどいいや」
嫌な予感はしない。
だが、流れは読める。
⸻
「白坂さん、この人黒瀬ユウ」
さらっと紹介される。
「同じクラスなのにちゃんと話してなかったよね」
余計なことを言う。
「……黒瀬だ」
短く名乗る。
それ以上は特に言うこともない。
ゆいは少しだけこちらを見て——
軽く頭を下げた。
「白坂ゆいです」
落ち着いた声。
シンプルな自己紹介。
だが、それで十分だった。
⸻
「これでちゃんと知り合いだね」
ひなのが満足そうに言う。
「今までほぼ会話なかったし」
「必要がなかっただけだ」
「それ言っちゃう?」
軽く笑う。
空気が崩れない程度のやり取り。
⸻
ゆいが少しだけこちらを見る。
「……黒瀬くんって、あまり話さないよね」
「そう見えるだけだ」
前にも似たことを言った気がする。
「でも、さっきひなのさんとは普通に話してた」
「そりゃ長いからね〜」
ひなのがすぐに割り込む。
「去年から同じクラスだし」
「……なるほど」
ゆいは納得したように小さく頷く。
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少しの沈黙。
だが、不自然ではない。
「白坂さんは、もう慣れた?」
ひなのが話を繋ぐ。
「うん、だいぶ」
「みさきとも仲いいしね」
「うん、よく話しかけてくれるから」
自然な流れ。
無理に盛り上げない。
だが途切れない。
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「ユウはあんまり自分から行かないタイプだから」
ひなのが横目で言う。
「余計なこと言うな」
「事実でしょ」
否定できない。
ゆいは少しだけ考えてから言う。
「……でも、その方が話しやすいかも」
「そうか?」
「うん。静かな人の方が、落ち着くから」
少し意外だった。
「へえ、珍しいタイプだね」
ひなのが笑う。
⸻
会話はそこで自然に途切れる。
長く続けるものでもない。
「じゃあ、帰るね」
ゆいが言う。
「うん、また明日」
ひなのが手を振る。
俺は軽く頷くだけ。
ゆいはそのまま教室を出ていく。
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扉が閉まる。
少しだけ静かになる。
「はい、ミッション完了」
ひなのが満足そうに言う。
「何がだ」
「自己紹介させたでしょ?」
「余計な世話だ」
「でも必要だったでしょ?」
少しだけ考える。
「……否定はしない」
ひなのはにやっと笑う。
「でしょ?」
⸻
帰り支度をしながら思う。
白坂ゆい。
今までは、ただの“転校生”。
だが——
名前を知った。
それだけで、少しだけ距離が変わる。
ほんのわずかだが、確実に。




