それぞれの距離
昼休み。
教室は一気に騒がしくなる。
机を寄せる音、笑い声、弁当の匂い。
どこにでもある、普通の光景。
俺は席で弁当を開ける。
「よ、黒瀬」
声をかけてきたのは相沢。
サッカー部で、クラスでもよく目立つタイプのやつだ。
明るくて、考えるより先に動くタイプ。
悪いやつじゃないが、少し強引なところもある。
「ここいいか?」
「勝手にしろ」
そう言うと、相沢は笑って向かいの席に座る。
「相変わらず淡白だな」
「お前が勝手に来てるだけだ」
「まあな」
軽く笑いながら弁当を広げる。
こうして話しかけてくる数少ない相手の一人だ。
距離感は近すぎず、遠すぎず。
ちょうどいい。
⸻
「そういえばさ」
相沢が箸を動かしながら言う。
「転校生、結構人気だよな」
視線を向ける。
白坂ゆい。
教室の少し離れた場所で、一人で弁当を食べている。
まだ輪の中心にいるわけじゃない。
だが、完全に孤立しているわけでもない。
そんな位置。
(……)
その時だった。
「白坂さん!」
明るい声が響く。
橘ひなのと、もう一人。
佐倉みさき。
二人がゆいの方へ歩いていく。
⸻
佐倉みさき。
クラスの中心にいるタイプの女子だ。
明るくて、人懐っこくて、誰とでもすぐに打ち解ける。
場の空気を自然に回すことができる、いわゆる“ムードメーカー”。
ひなのとも仲が良く、よく一緒にいるのを見かける。
タイプは違うが、どこか似ている部分もある。
⸻
「やっぱ行ったな」
相沢が小さく笑う。
「誰かしら行くだろうと思ったけど」
「まあ、あの二人だよな」
俺も同意する。
あの距離感に踏み込めるのは、ああいうタイプだ。
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「ね、白坂さん一人?」
ひなのが自然に声をかける。
「よかったら一緒に食べない?」
みさきも続ける。
「うんうん、こっち来なよ!」
強すぎない誘い方。
だが断りにくくもない、ちょうどいい距離。
ゆいは少しだけ驚いたような表情を見せてから——
「……いいの?」
「もちろん!」
「全然いいよ〜」
二人が笑う。
その空気に押されるように、ゆいは小さく頷いた。
「じゃあ……お邪魔します」
⸻
三人が席を寄せる。
会話が始まる。
「前どこにいたの?」
「引っ越し大変じゃなかった?」
「部活どうする予定?」
質問が飛ぶ。
だが、みさきがうまく間を調整している。
一方的にならないように、自然に流れを作る。
ひなのはその横で、柔らかく話を繋いでいる。
(……上手いな)
そう思う。
二人とも、こういう場の作り方に慣れている。
ゆいも、それに合わせて答えている。
無理に盛り上げることはないが、会話を切らない。
ちょうどいい受け方だ。
⸻
「やっぱ可愛いよな」
相沢がぼそっと言う。
「まあな」
「お前興味なさそうだけど」
「特別はない」
「もったいねえな」
軽く笑う。
相沢はそういうタイプだ。
分かりやすくて、隠さない。
⸻
視線を戻す。
三人の会話は続いている。
笑い声も、少しずつ混ざってきている。
教室の中で、少しだけ輪が広がった。
(……馴染むのは早いな)
それが率直な感想だった。
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「黒瀬、お前ほんとクールだよな」
相沢が言う。
「そう見えるだけだ」
「いや絶対違うだろ」
即否定。
「まあいいや。放課後来いよ、部活」
「またそれか」
「いいだろ別に」
「考えとく」
「絶対来ないやつじゃん」
笑いながら弁当をかき込む。
こういうやり取りも、悪くない。
⸻
昼休みの終わりが近づく。
三人は軽く話を締め、それぞれの席へ戻っていく。
白坂ゆいも、元の位置へ。
ただ——
さっきより少しだけ、教室の中での位置が変わっていた。
孤立ではない。
かといって中心でもない。
だが、確実に“繋がり”ができている。
⸻
チャイムが鳴る。
いつもの授業が始まる。
黒板に視線を向けながら、思う。
転校生、白坂ゆい。
まだ、ただのクラスメイト。
それ以上でも、それ以下でもない。
——今はまだ。




