交差する照準
夜。
静寂。
ビルの裏口へと続く通路。
白坂ゆい——ホワイトは、壁沿いに滑るように進んでいた。
(ここが最短)
だが——
(最も危険)
分かっている。
だからこそ。
(リズムを崩す)
一定の速度では動かない。
止まる。
進む。
わずかに軌道を変える。
(読ませない)
呼吸を浅く。
気配を消す。
(いる)
確信。
外に。
“狙っている存在”が。
(出た瞬間)
撃たれる。
ゆいは足を止める。
扉の前。
手をかける。
(タイミング)
一度、目を閉じる。
頭の中で描く。
外の構造。
死角。
光源。
(……いける)
小さく息を吐く。
そして——
開けた。
その瞬間。
パンッ!!
乾いた銃声。
「っ!」
反射。
体が勝手に動く。
横へ飛ぶ。
弾丸が、さっきまでいた位置を貫く。
(やっぱり)
着地。
すぐに転がる。
二発目。
パンッ!!
コンクリートが弾ける。
(速い)
判断。
(狙撃)
しかも——
(精度が高い)
ただの実行役じゃない。
(プロ)
ゆいはすぐに遮蔽物へ滑り込む。
壁の影。
息を殺す。
(位置……右上)
一瞬で推定。
弾道。
音。
反響。
(ビル向かいの高所)
視線は向けない。
(見たら終わる)
代わりに思考を回す。
(距離、約80……いや、100)
(風は弱い)
(補正済み)
つまり——
(外さないタイプ)
ゆいの指がわずかに強く握られる。
(厄介)
その時。
パンッ!!
三発目。
壁の端を削る。
「……っ」
わずかに頬をかすめる。
血が流れる。
(読まれてる)
完全に動きを見られている。
(待ち伏せ)
(しかも一流)
だが——
ゆいの目が静かに細くなる。
(だからどうした)
恐怖はない。
あるのは——
(どう抜けるか)
それだけ。
ゆいはポーチから小型デバイスを取り出す。
(煙幕)
ピンを引く。
タイミングを測る。
(3、2——)
投げる。
同時に——
飛び出す。
ボンッ!!
白煙が広がる。
視界を遮る。
その中を——
走る。
パンッ!!
弾が煙を裂く。
「……っ!」
かすめる。
だが止まらない。
(読まれてる)
煙越しでも撃ってくる。
(予測射撃)
完全に対応されている。
だが——
(甘い)
ほんのわずか。
(“普通の動き”を前提にしてる)
ゆいは軌道を変える。
不規則に。
ありえない角度で。
パンッ!!
弾が外れる。
(今)
一気に距離を詰める。
次の遮蔽物へ。
飛び込む。
息を整える。
(出口まで……あと少し)
だが。
(このままじゃ削られる)
判断。
(接近は無理)
(なら——)
逃げ切る。
それに徹する。
⸻
その頃。
向かいのビル。
高所。
黒瀬ユウ——ブラック。
スコープ越しに、煙の中を見ている。
「……外したか」
小さく呟く。
だが、その声に焦りはない。
(いや)
むしろ——
「……面白い」
わずかに目を細める。
(避けた)
一発目。
偶然じゃない。
二発目。
動きが読めない。
三発目。
“予測”を外された。
(こいつ)
ただのスパイじゃない。
「……やるな」
静かな評価。
だが任務は変わらない。
排除。
それだけ。
再び照準を合わせる。
煙が薄れる。
その隙間。
「——そこだ」
パンッ!!
撃つ。
⸻
その瞬間。
ゆいは動いた。
(来る)
感覚。
完全な直感。
撃たれる前に——
動く。
弾丸が通過。
髪をかすめる。
(……今の)
ギリギリ。
だが。
避けた。
ゆいの目が細くなる。
(この相手)
強い。
間違いなく。
(でも)
逃げ切れない相手じゃない。
そして。
ユウも気づき始めていた。
(おかしい)
ここまで避ける相手。
(どこかで……)
違和感。
だが——
答えには届かない。
まだ。
二人は知らない。
互いの正体を。
ただ——
“危険な相手”として認識しているだけ。
夜の闇の中。
銃声が響く。
回避と狙撃。
一歩間違えれば終わる攻防。
その均衡が——
今、崩れ始めていた。




