静かな潜入
夜。
街の灯りが遠くに滲む。
ビルの影に、一つの影が溶け込んでいた。
白坂ゆい——ホワイト。
(ここ)
視線の先。
中規模のオフィスビル。
今回の任務地点。
ゆいはすぐに動かない。
その場で、静かに観察を続ける。
入口。
周囲の建物。
非常口の位置。
屋上までの構造。
(逃げ道は三つ)
正面出口。
裏口。
そして——隣のビルへの飛び移り。
事前に頭へ入れてある。
(最悪、ルートを変える)
そのための準備もしている。
装備は軽量。
だが必要なものは揃っている。
煙幕、小型カッター、簡易ハッキング端末。
(……準備は十分)
だが——
視線を戻す。
入口。
(監視カメラはある)
配置は標準的。
だが。
(人がいない)
警備員の姿がない。
巡回もない。
受付も無人。
(……不自然)
静かすぎる。
(抜かれてる)
意図的に。
(やっぱり)
胸の奥に、あの感覚が広がる。
違和感。
「……これ」
小さく呟く。
(前回、断ったから?)
脳裏によぎる。
あの任務。
そして——拒否。
(報復……?)
可能性はある。
ノクスは結果主義。
だが。
(例外がないわけじゃない)
内部で何かが変わっている。
そう考えれば——
辻褄は合う。
(試されてるか、消されるか)
どちらにしても——
危険。
だが。
「……やるしかない」
静かに息を吐く。
任務は任務。
逃げる選択肢はない。
だからこそ——
(生きて帰る)
そのための準備は、してきた。
ゆいは動く。
影から影へ。
死角を縫う。
カメラの視線を完全に外す軌道。
音も、気配も消す。
入口へ到達。
ドアを開ける。
ロビー。
やはり——無人。
(ここまで徹底するか)
違和感は、確信へ変わる。
だが足は止めない。
カメラの位置を再確認。
動線を計算。
一切映らないルートで進む。
階段へ。
静かに上がる。
三階。
目的のフロア。
廊下に出る。
(……音がない)
人の気配が、完全に消えている。
(待ってる)
そう確信する。
だが。
(中じゃない)
直感。
(外)
(撃つ気だ)
狙撃。
その可能性が浮かぶ。
(出口を変えるか……)
一瞬考える。
だが——
(まずは回収)
任務を優先。
ドアの前へ。
しゃがむ。
電子ロック。
端末接続。
解析。
「……解除」
小さく呟く。
扉を開ける。
中へ。
暗い室内。
中央のデスク。
ぽつんと置かれたケース。
(露骨)
だが、迷わない。
近づく。
開ける。
中には——
データチップ。
(これ)
目的の機密文書。
(簡単すぎる)
罠は確定。
だが——
ゆいはそれを取る。
その瞬間。
——カチッ
「……!」
反応は一瞬。
(トリガー)
想定内。
(来る)
ゆいはすぐに動く。
廊下へ。
だが来たルートは使わない。
(正面は危険)
進路を変更。
裏口へ向かう。
(視線をずらす)
狙撃対策。
壁沿いに移動。
遮蔽物を使う。
リズムを崩す。
(タイミングを読ませない)
すべて計算。
(出る瞬間が勝負)
その時。
背筋に走る感覚。
(……いる)
確信。
外に。
待っている。
(強い)
ただの実行役じゃない。
(当たれば終わる)
だが——
ゆいの目が細くなる。
(だからこそ)
「……外す」
小さく呟く。
⸻
その頃。
ビルの外。
高所。
闇の中。
黒瀬ユウ——ブラック。
スコープ越しに、出入口を捉えている。
「……来るな」
静かな声。
(警備ゼロか)
不自然。
だが——
「どうでもいい」
任務は一つ。
“スパイの排除”
それだけ。
呼吸を整える。
鼓動を落とす。
指を引き金にかける。
「出てきた瞬間——終わりだ」
感情はない。
ただの任務。
その先にいるのが——
誰なのかも知らずに。
⸻
ゆいは進む。
ユウは待つ。
交わる直前。
静寂の中で——
“殺意”だけが、確実に重なっていく。




