見えないノイズ
放課後。
教室に残る生徒の数は、もう半分以下になっていた。
黒瀬ユウは窓際の席に座ったまま、ノートを閉じる。
特に急ぐ理由もない。
だが、ここに長く留まる意味もない。
「ユウ、行こ」
後ろから声がかかる。
橘ひなのだ。
すでに荷物をまとめていて、いつでも動ける状態になっている。
「今日は早いな」
「んー、ちょっと確認したいことあって」
軽い調子で言いながら、ひなのは視線だけで“場所”を示す。
校舎裏。
いつもの、人目につきにくい場所。
「わかった」
ユウは立ち上がる。
二人は特に目立つこともなく、そのまま教室を出た。
⸻
校舎裏。
人気はなく、風の音だけが通り抜ける。
ひなのは周囲を軽く見渡し、イヤホンを耳にかける。
その瞬間、表情が少しだけ変わる。
「……接続良好」
小さく呟く。
ユウも壁にもたれながら、周囲の気配に意識を向ける。
「何かあったのか」
「うん。ちょっと変なログが上がってて」
ひなのは手元の小型端末を操作しながら続ける。
「この辺り一帯で、通信の“歪み”みたいなのが出てる」
「歪み?」
「うまく説明できないけど……普通のノイズじゃない」
ひなのの声は落ち着いているが、わずかに真剣さが混じる。
ユウは目を細める。
「場所は」
「かなり近い。……この学校周辺」
その言葉に、空気がわずかに張り詰める。
(早いな……)
まだ新学期が始まったばかりだ。
動きがあるには、少しタイミングが合わない。
「ノクスの反応は」
「まだ何も。たぶん“確定情報”じゃないから」
「……様子見か」
「うん。でも——」
ひなのは一瞬だけ言葉を止める。
「なんか、嫌な感じする」
その直感は、軽く見ていいものじゃない。
ユウは短く息を吐く。
「警戒は上げておく」
「ありがと」
ひなのは少しだけ安心したように笑う。
その表情は、さっきまでの“任務中の顔”ではなく、いつもの彼女に戻っていた。
⸻
その帰り道。
校舎の廊下を歩いていると、前方に一人の姿が見えた。
白坂ゆい。
一人で窓の外を見ている。
夕陽が差し込み、銀色の髪が淡く光っていた。
自然と足が止まる。
「……あの子」
ひなのが小さく呟く。
「転校生だよね」
「ああ」
ゆいはまだこちらに気づいていない。
だが——
(……なんだ)
違和感。
言葉にできない何かが、引っかかる。
ただ立っているだけなのに、“隙がない”。
「ユウ?」
「……いや」
すぐに視線を外す。
今ここで関わる必要はない。
判断は保留。
それでいい。
「帰るぞ」
「うん」
二人はそのまま歩き去る。
ゆいは振り返らない。
だがその目は——
わずかに、二人の背中を追っていた。
⸻
夜。
それぞれが、それぞれの場所へ戻る。
黒瀬ユウは静かに装備を確認する。
橘ひなのは端末越しに情報を整理する。
白坂ゆいは、誰もいない部屋で窓の外を見つめる。
同じ“異変”を、別々の場所で感じ取っていた。
⸻
まだ衝突はない。
まだ正体も知らない。
だが確実に——
何かが、この街に入り込んでいる。




