無自覚の実力
体育館。
春の陽射しが差し込む中、軽快なラケットの音が響いている。
「今日はバドミントンなー!」
高城の声が響く。
「男女混合ダブルス!ペアは適当に組めー!」
ざわつく生徒たち。
「黒瀬!一緒にやろうぜ!」
相沢が手を振る。
「いや、俺——」
言いかけた時。
「黒瀬くん、一緒にやらない?」
振り向くと、白坂ゆい。
「……いいけど」
自然な流れでペア成立。
その隣で。
「じゃあ私、そっち入る」
天城紅葉がラケットを持って立つ。
「お、マジ!?頼もしい!」
相沢が嬉しそうに笑う。
結果——
黒瀬ユウ・白坂ゆいペア。
相沢・天城紅葉ペア。
コートを挟んで向かい合う。
「よろしくね、黒瀬くん」
「おう」
軽く頷く。
紅葉はラケットを肩に担ぎながら、二人を見る。
(まあ、普通の体育だし)
深くは考えていない。
「いくぞー!」
相沢のサーブで試合開始。
ポン、と軽く打ち上げる。
その瞬間。
(甘い)
ユウが一歩前に出る。
軽くラケットを振る。
——ただそれだけ。
「え?」
相沢が固まる。
シャトルは絶妙なコースへ落ちる。
「今の何!?」
「いや普通だろ」
ユウは何でもない顔。
(ちょっと強かったか?)
隣でゆいが動く。
次の球。
ふわりと上がる。
「黒瀬くん」
「任せろ」
短い会話。
ゆいは一歩下がる。
ユウが前に出る。
自然な入れ替わり。
まるで最初から決まっていたかのような動き。
「え、なんでそんな噛み合ってんの!?」
相沢が叫ぶ。
(……なんかやりやすい)
ユウは思う。
(こいつ、動き読める)
ゆいも同じだった。
(合わせやすい)
余計な言葉がいらない。
視線と動きだけで分かる。
ラリーが続く。
だが——
じわじわと点差が開いていく。
「よっしゃ!次こそ!」
相沢が気合を入れる。
「任せて!」
紅葉も構える。
(ちょっと負けてるだけだし)
まだ余裕。
だが。
「はい、10対3!」
高城の声。
「……え?」
紅葉の動きが止まる。
(負けすぎじゃない?)
ちらっと相沢を見る。
「いやー、強いなああいつら!」
(いやいやいや)
(なんでそんな余裕なの!?)
紅葉の眉がピクッと動く。
「次決めるから」
少し低い声。
「お、おう!」
相沢は気づいていない。
そして次のラリー。
チャンスボールが上がる。
紅葉の前。
(よし)
軽く決める——
はずだった。
(……いや)
(ちゃんと決める)
ぐっと力が入る。
(負けたくない)
跳ぶ。
振る。
全力。
バシュッ!!
空気を裂く音。
「え、ちょっ——」
相沢の声。
——次の瞬間。
ゴンッ!!!
「ぐはっ」
後頭部直撃。
相沢、そのまま前のめりに倒れる。
「…………」
一瞬の静寂。
「……え?」
紅葉、固まる。
「ちょっと待って」
ゆいがぽつり。
「え、今……」
ユウも言葉を失う。
「相沢ー!!?」
誰かの叫び。
「先生ー!!」
体育館がざわつく。
紅葉はその場で硬直。
ラケットを持ったまま。
「……やっちゃった」
小さく呟く。
数分後。
相沢、担架で運ばれる。
「すみませんでした……」
紅葉、正座。
めちゃくちゃしょんぼりしている。
「お前なぁ……」
高城が呆れる。
「いや、すいません……本当に……」
完全に反省モード。
ユウは少し離れて見ている。
(……あれは事故だろ)
ゆいも隣で小さく呟く。
「……すごかった」
「そっちかよ」
思わずツッコむ。
紅葉はうなだれたまま。
「ちょっと本気出しただけなのに……」
「出しすぎだろ」
ユウがぼそっと言う。
紅葉が顔を上げる。
「……黒瀬くんたちもでしょ」
じっと見る。
少しだけ拗ねたような目。
「絶対強いじゃん」
一瞬、間。
「……たまたまだろ」
ユウが言う。
「そうだよ」
ゆいも静かに頷く。
紅葉はじっと見て——
「……ふーん」
納得してないような、してるような。
でも。
深くは追及しない。
「次は負けないから」
それだけ言う。
完全にスイッチは別方向。
(勝負か……)
ユウは少しだけ苦笑する。
(まあいいか)
体育館にはまた、いつもの空気が戻る。
ただ一つ違うのは——
相沢が保健室送りになったことだけだった。




