光の正義
夜。
高層ビルの一室。
無機質な空間。
静まり返った室内に、一人の男が立っていた。
神代大地。
ルーメンの頂点に立つ存在。
その前に——
天城紅葉が立っている。
「……呼び出しなんて珍しいじゃん」
軽く言う。
だがその目は、しっかりと相手を見ている。
大地はゆっくりと振り返る。
「最近の動きは把握している」
低く、落ち着いた声。
「高校への潜入も含めてな」
紅葉は肩をすくめる。
「さすがトップ。全部お見通しってわけ?」
「当然だ」
即答。
一切の迷いがない。
「お前は優秀だ、紅葉」
「……どうも」
素直には喜ばない。
「だが」
大地の目が、わずかに鋭くなる。
「少し、感情が先行している」
空気が一瞬、張り詰める。
紅葉の表情が変わる。
「……悪い?」
わずかに棘のある声。
大地は否定しない。
「否定はしない」
静かに言う。
「お前の動機は理解している」
その言葉に——
紅葉の脳裏に、過去がよぎる。
燃える家。
崩れた壁。
血の匂い。
倒れている家族。
呼びかけても、返事はない。
伸ばした手は、もう届かない。
「……っ」
無意識に、拳を強く握る。
爪が食い込む。
「ノクスによって家族を失った」
大地の声が、現実に引き戻す。
紅葉は何も言わない。
ただ、目を伏せる。
「その事実は、変わらない」
沈黙。
だがその内側では——
(許さない)
静かに、しかし確実に燃える感情。
(絶対に)
(あいつらは——)
奥歯を噛み締める。
怒りが、抑えきれず滲む。
大地は続ける。
「だからこそ」
「感情に支配されるな」
真っ直ぐな言葉。
「我々は“復讐”のための組織ではない」
一瞬の沈黙。
「……じゃあ何」
紅葉が顔を上げる。
その目には、怒りが宿っている。
「ノクスを潰すんでしょ?」
「それが復讐じゃないなら、何なの」
大地は迷わない。
「秩序のためだ」
短く、重い言葉。
「ノクスは無秩序な殺しを繰り返している」
「基準も曖昧だ」
「その存在自体が“歪み”だ」
一歩、紅葉に近づく。
「我々はそれを正す」
「それがルーメンだ」
紅葉は目を細める。
「……正義ってやつ?」
「そうだ」
即答。
「我々の正義は揺るがない」
「必要ならば、排除する」
「例外はない」
その言葉に——
紅葉は静かに息を吐く。
怒りは消えない。
だが。
(……分かってる)
自分の中で、整理がつく。
「……相変わらず重いね」
小さく呟く。
だがその声には、さっきまでの棘はない。
「で?」
「今日は説教だけ?」
大地は首を振る。
「違う」
端末を操作する。
空中ディスプレイに情報が表示される。
「ノクスの内部情報だ」
紅葉の目が鋭くなる。
「……へぇ」
画面を見る。
任務ログ。
実行記録。
ターゲット情報。
そして——
「……これ」
指を止める。
「最近の任務」
大地が頷く。
「不自然な点が増えている」
紅葉は静かに読む。
「……雑」
小さく呟く。
「隠す気ないの?」
「その可能性もある」
「だが——」
大地の目が細くなる。
「意図的に“見せている”可能性も高い」
紅葉の表情が変わる。
「……誰に?」
「内部」
即答。
「ノクスの中に向けてだ」
空気が変わる。
「つまり」
紅葉が言う。
「内部で何か起きてるってこと?」
「その通りだ」
静かな肯定。
紅葉は少しだけ笑う。
「……面白くなってきたじゃん」
だが、その目は冷たい。
「で、私にどうしろって?」
大地はまっすぐ見る。
「引き続き潜入を続けろ」
「内部の異変を観察しろ」
「そして——」
一瞬、間。
「ノクスの実行役、及び——」
「ボスの特定」
紅葉の目が鋭くなる。
「……ボスまで?」
「ああ」
「この歪みの中心にいる存在だ」
「必ずいる」
紅葉はゆっくりと息を吐く。
(……ボス)
脳裏に、燃えたあの日の光景が重なる。
(こいつが——)
(全部の元凶)
拳が震える。
怒りが込み上げる。
だが——
無理やり抑え込む。
「……了解」
低く答える。
だがその奥には、確かな殺意があった。
「ブラックとホワイト、だっけ」
「ああ」
「存在は確認されている」
「だが詳細は不明」
紅葉は思い出す。
屋上で会った少年。
黒瀬ユウ。
(……まさかね)
「一人、怪しいのはいる」
ぽつりと呟く。
大地の目が向く。
「ほう」
「でも」
紅葉は肩をすくめる。
「さすがにただの高校生でしょ」
軽く笑う。
「そんな都合いい話ないって」
その言葉。
だが心の奥では——
(……でも)
消えない違和感。
「引き続き観察しろ」
大地が言う。
「小さな違和感を見逃すな」
「それが真実に繋がる」
紅葉は少しだけ黙る。
そして。
「了解」
短く答える。
振り返る。
扉へ向かう。
その直前。
足を止める。
「……大地」
「なんだ」
紅葉は振り返らないまま言う。
「ノクスは——」
一瞬、言葉を選ぶ。
だがすぐに。
「私が潰す」
はっきりと言い切る。
その声には、
怒りも、覚悟も、すべて込められていた。
大地は何も言わない。
ただ、静かに頷く。
夜の街が広がる窓の外。
光と闇が交差する世界。
その中で——
復讐と正義が、静かに交わり始めていた。




