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光と闇の境界線  作者: えみり


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13/20

日常と任務

夜。


街の明かりが滲むビルの屋上。


黒瀬ユウは、静かに夜景を見下ろしていた。


イヤホンから声が入る。


「ターゲット:佐伯隆一。某製薬企業の研究員」


橘ひなの――データの声。


「機密データの外部流出が確認されてるよ」


「……了解」


短く返す。


「あ、それと」


ひなのの声が少しだけ間を置く。


「この任務、元々ホワイトに回ってたやつなんだよね」


(……ホワイト?)


「断ったのか?」


「うん。“やらない”って」


即答だったらしい。


(あいつが断る?)


(ホワイト)


ノクス内での評価は高い。


詳細な戦闘記録はほとんど共有されていない。


だが――


“確実に仕留める”


“任務成功率は異常に高い”


そんな噂だけが、やけに広まっている。


(見たことはないが……)


(外すタイプじゃない)


そんな人間が、任務を断る。


(……理由があるはずだ)


「理由は」


「分かんない」


あっさりした返答。


「特に説明もなかったし、そのままブラックに回ってきた感じ」


(……雑だな)


ノクスにしては、少し引っかかる。


だが。


(まあいい)


仕事は仕事だ。


「ルートは」


「あと2分でターゲット帰宅ルートに入るよ」


「了解」


ユウは屋上から降りる。


夜の街へ。


人混みに紛れる。


(いつも通り)


そのはずなのに。


(……ホワイトが断った、か)


頭のどこかに残る。


「ユウー」


イヤホン越しの声。


「ん?」


「移動中ヒマでしょ?雑談しよー」


「任務中だぞ」


「だから軽くね」


小さく息を吐く。


「……ユウって呼ぶな」


「え?」


「コードネームで呼べ」


一拍。


「……あ、ごめんごめん!」


軽い声で笑う。


「ブラックね、了解」


(……ったく)


「で、何だよ」


「紅葉ちゃんの話」


(やっぱそれか)


「どうした」


「昨日さ、“引っかかる”って言ってたじゃん」


「……ああ」


歩きながら答える。


「普通なんだよ」


「うん」


「普通すぎて、逆に変」


ひなのが少し黙る。


「んー……」


「気にしすぎかもな」


「どうだろ」


少しだけ真面目な声。


「ブラックってさ、そういうの外さないよね」


「買い被りすぎだ」


「でも実際そうじゃん」


少しの沈黙。


「……あいつさ」


自然と口に出る。


「距離の取り方がおかしい」


「距離?」


「ああ。近すぎない。でも遠くもない」


「ちょうどいい位置にずっといる感じだ」


ひなのが息を吸う。


「……それ、結構やばいやつじゃない?」


「かもな」


自分でもそう思う。


「普通の人って、どっかでズレるもんね」


「そういうことだ」


「一応、覚えとく」


「助かる」


「ターゲット、そろそろ来るよ」


声が切り替わる。


完全に仕事モード。


視線の先。


スーツ姿の男。


(あいつか)


どこにでもいそうな人間。


(……これをホワイトが断った)


理由が分からない。


「ルート固定。尾行に入って」


「了解」


一定の距離を保つ。


足音を消し、気配を薄くする。


男はコンビニに寄り、小さな袋を手にする。


そのまま住宅街へ入っていく。


(帰宅ルートか)


しばらく歩く。


やがて、一軒の家の前で立ち止まる。


玄関の明かりがついている。


ドアが開く。


「おかえり!」


子どもの声。


男の表情が、柔らかく崩れる。


「ただいま」


自然な笑顔。


中から女性が顔を出す。


「遅かったね」


「ちょっと残業で」


男は袋を差し出す。


「これ、好きだったろ」


「え、いいの?」


子どもが嬉しそうに笑う。


「やったー!」


玄関先での、何気ないやり取り。


ありふれた光景。


(……普通だな)


あまりにも普通すぎる。


どこにでもある、家族の風景。


「パパ、今日ね!」


「ん?」


楽しそうな声。


笑い声。


ドアが閉まる。


明かりだけが残る。


ユウはその場で立ち止まる。


(……これがスパイか?)


違和感。


今までとは違う種類の。


「ブラック?」


ひなのの声。


「どうしたの?」


「……いや」


短く返す。


(関係ない)


仕事だ。


感情は不要。


それがルール。


しばらく待つ。


数分後。


男が再び外に出る。


「ちょっと出てくる」


家の中に声をかける。


「すぐ戻るよ」


ドアが閉まる。


(……タイミングがいいな)


裏路地へ向かう。


ユウも動く。


影に溶ける。


気配を消す。


(ブラック)


それが今の自分。


男が路地に入る。


その瞬間。


距離を詰める。


背後へ。


(終わりだ)


——その時。


一瞬。


違和感。


(……?)


振り向きかけた気配。


だが。


遅い。


手刀。


崩れる体。


音はない。


そのまま支える。


静かに横たえる。


「……完了」


「確認。ターゲット沈黙」


ひなのの声。


(あっさりだな)


いつも通り。


なのに。


(……さっきのは何だ)


あの家の光景。


頭から離れない。


「データ」


「ん?」


「こいつ、最後何かしてたか?」


少しの沈黙。


「……特に不審な動きはなかったよ」


「そうか」


(気のせいか)


そう思う。


でも――


「ねえ、ブラック」


ひなのの声が少し低くなる。


「今回のデータ、ちょっと変かも」


「何がだ」


「流出先のログが……妙に雑なの」


(雑?)


「隠す気ないっていうか、逆に“見せてる”感じ」


ユウは目を細める。


(……おかしいな)


「調べとけ」


「うん、やってみる」


通信が静かになる。


夜の住宅街。


さっきの家の明かりが、まだついている。


笑い声が、微かに残っている気がした。


(……ホワイトが断った理由)


一瞬だけ、頭をよぎる。


だが。


考えるのをやめる。


(仕事だ)


そう割り切る。


それでも。


胸の奥に、わずかな違和感が残り続けていた。

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スパイの任務が毎回ワンパターン気絶なこと以外はいい作品
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