潜入
朝。
新学期のざわつきがまだ残る教室。
黒瀬ユウは机に肘をつきながら、ぼんやりと窓の外を見ていた。
(……いつも通り、か)
笑い声。
雑談。
変わらない日常。
——そのはずだった。
「今日は転校生を紹介する」
担任の声が響く。
教室が一気にざわつく。
⸻
「白坂に続いて、また転校生だ」
その一言で、男子たちの空気が変わる。
「マジかよ、またか?」
「しかも“また”ってことは……期待していいやつ?」
「頼む、美人であれ……!」
小声が飛び交う。
ガラッ。
扉が開く。
その瞬間。
教室の空気が、明確に変わった。
⸻
入ってきた少女。
長いワインレッドの髪が、光を受けて揺れる。
整った顔立ち。
落ち着いた佇まい。
⸻
「……え、やばくね?」
「めっちゃ美人じゃん……」
「レベル高すぎだろ……」
男子たちの声が一斉に漏れる。
女子も思わず見とれる。
その中でただ一人——
紅葉は冷静だった。
(……ここね)
視線を自然に動かす。
一人一人を見る。
顔。
姿勢。
空気。
⸻
(ブラックとホワイトがいる学校)
「……天城紅葉です」
軽く会釈する。
「よろしくお願いします」
短い挨拶。
だが、その間にも——
観察は続いている。
(違う)
(これも違う)
(この人も——普通)
順番に切り捨てていく。
そして。
視線が止まる。
黒瀬ユウ。
(……)
一瞬だけ、空気が引っかかる。
(こいつ)
理由は分からない。
だが——
(ちょっと違う)
ただし次の瞬間。
(……いや)
紅葉は内心で首を振る。
(こんな分かりやすい位置にいるわけないか)
合理的に考える。
(ブラックなら、もっと隠れる)
(もっと“普通に見せる”はず)
(逆に自然すぎる)
結論は保留。
(……一応、候補)
紅葉は何も表情に出さず、席へ向かう。
⸻
ホームルーム後。
「天城さん!よろしく!」
「どこから来たの!?」
「部活やる?」
⸻
男子の食いつきがすごい。
明らかにテンションが上がっている。
「紅葉ちゃんって呼んでいい?」
女子も混ざる。
⸻
紅葉は一瞬だけ目を瞬かせる。
「……あ、うん」
少しだけ素が出る。
「よろしく」
柔らかく返す。
(……自然)
(演技じゃない)
その中で——
ひなのが笑う。
「なんか大人っぽいよね〜」
「そう?」
紅葉は少し首を傾げる。
そのやり取りを見ながら、
紅葉の視線はまた動く。
(観察継続)
そして——
ひなのが振り向く。
「あ、ユウー!」
「こっち来なよ!」
ユウは軽く手を上げる。
「いい」
「えー、冷たい」
男子たちが笑う。
「お前も来いよ!」
「もったいねえ!」
ユウは興味なさそうに肩をすくめる。
その様子を——
紅葉は見る。
(……やっぱり)
違和感。
(浮いてる)
周りと少しだけズレている。
(でも)
冷静に考える。
(ブラックなわけないか)
(こんな目立つ場所にいるなら、とっくに情報が出てる)
(それに——)
(あの感じ)
(“殺し屋”には見えない)
結論。
(保留)
⸻
昼休み。
紅葉は一人、屋上へ向かう。
(人が少ない場所)
(観察には最適)
扉を開ける。
そこにいたのは——
「……やっぱり」
黒瀬ユウ。
フェンスにもたれている。
ユウが振り向く。
「……誰だ」
「同じクラスでしょ」
紅葉は少し笑う。
「天城紅葉」
「……黒瀬ユウだ」
「知ってる」
少しの沈黙。
紅葉は隣に立つ。
距離を保ちながら。
(近距離観察)
呼吸。
視線。
立ち方。
(……やっぱり)
分からない。
「ここ、よく来るの?」
「まあな」
「静かでいいよね」
「そうだな」
自然な会話。
でも紅葉の中では、
完全に分析が続いている。
(ノクスの人間なら)
(もっと違うはず)
(でも——)
「ねえ」
紅葉が言う。
「裏で何してるか分かんない人ってさ」
「どう思う?」
ユウは少しだけ考える。
「別にどうも思わない」
「へえ」
「人なんてそんなもんだろ」
紅葉の目がわずかに動く。
(……何それ)
予想外。
(隠さないんだ)
(誤魔化さない)
(……変なやつ)
「……変わってるね」
「よく言われる」
少しの沈黙。
(ブラック……?)
(いや)
(違う気もする)
(でも、完全に否定できない)
紅葉はふっと笑う。
「ありがと」
「……何がだ」
「なんでもない」
そのまま歩き出す。
「またね、黒瀬くん」
屋上を出る直前。
紅葉の表情が変わる。
「……分かんないな」
小さく呟く。
「でも」
目が細くなる。
「どっちでもいいか」
静かに。
「ブラックでも、ホワイトでも」
そして——
「ノクスは潰す」
迷いはない。
⸻
光は、すでに入り込んでいる。




