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あまりにも遠くに来てしまった。

ハードボイルド・セブン

エピソード7. 正義

第55話




日光が消えてからちょうど一週間目。赤見は今夜もすべての扉と窓がきちんと施錠されているか、もう一度念入りに確認してから寝室に入った。赤見の家の住所を知っている日光なら、赤見が夜はこの家にいることも知っているだろう。赤見はあえて他の場所で寝てなかった。赤見は日光を待っていた。警備チームを編成し、庭に配置はした。彼らに日光のモンタージュを見せ、このような男を見つけたらすぐに自分に連絡し、できるだけ多くの人が集まって対応するようにと厳命した。


赤見はモンタージュの専門家が描いた日光の顔が印刷された紙をじっと見つめた。半年付き合ってる間、日光の写真一枚もないことが、変なことなのか、それとも普通の範囲に属するかどうか、全く分からなかった。そもそも日光ほど親しくなった人がいなかったからだ。しかし、日光を無事に取り戻すことできれば、写真一枚くらいは撮っておこうかと思った。写真の話を出すと、赤見の写真も欲しいと日光がせがむことは明らかだったが、それくらいは許してもいいだろうと思った。


日光が戻ってきた場合の話だろうが。


日光が消えた日、赤見は日が暮れてからようやく我に返った。最初は何が起こったのかよく理解できなかった。倒れたグラスカップからこぼれたカフェオレがテーブルの上に乾いてどろどろの水たまりをつくっていた。赤見は無意識にグラスカップを立て直し、立ち上がって周辺を見回した。室内は照明もヒーターもついたままだったが、他の客は誰もいなかった。入った時と違い、暗くなった窓の外を見て、赤見は急に怖くなった。赤見は、日光に電話をかけながらホールを歩き回った。赤見の電話なら、着信音が1回鳴る前にすぐに出る日光が、まったく反応がなかった。


「日光、日光……。」


思わず呟きながら入口に近づいた赤見は、無意味に扉を開けてみた。カチャカチャという音がして、見下ろすと「Closed」と書かれた看が、斜めに打ち込まれた釘に吊るされていた。


赤見は日光に何度もかけた電話を切って、今度は本田に電話をかけてみた。現在使われておりませんという冷たい案内音が返ってきた。赤見は携帯電話を握った手を力なく落とした。


そして現在。赤見は自分のベッドに横たわり、数十分も寝返りを打った末に体を起こした。今日もどうしても眠れそうになかった。赤見は部屋につながるバルコニーの扉を開けて外へ出て、冷たいタイルの床に座り込んだ。数日前からそのに置いてあったタバコとライターを手に取り、慣れた手つきで火をつけた。


今日は12月26日、クリスマスから一日が経った日だ。赤見はサンタクロースを信じたことも、ロマンチックなクリスマスを過ごしたこともなかったが、日光と過ごしてからは期待してしまっていたようだ。日光は、様々な記念日を記念日として過ごすのが好きだった。 雰囲気を盛り上げましょう。そんなことは意外にも楽しかった。他の人たちがやっていることを少しずつ真似ながら、あ、こんな楽しみで人々は生きてきたのかと、似合わない平凡な幸せを楽しんだ。だから今回のクリスマスは、1ヶ月前からサプライズプレゼントも用意していたのに。


息をはっと吐き出すと、星がほとんど見えない夜空にタバコの煙が白く広がった。大きく荒れた手が煙を乱しながら、赤見の顔に近づいてきた。その手は赤見からタバコを奪い取ると、すぐに空中にぽいっと投げ捨てた。


「私のタバコ……。」

「先輩、タバコやめるって言ってたのに。」


日光が赤見の隣にしゃがみ込んだ。日光の体温で温められた熱い空気が一気に吹き込んだ。


「君がちゃんと監視しなかったからだ。」

「これが俺のせいですって?先輩、本当に勝手ですね。」

「日光、聞きたいことがある。」

「何ですか。」

「私の後輩ではなく、君として答えてほしい。」

「一体何のことでそんなに躊躇んですか?」

「タトゥーについて私に嘘をついたこと知ってる。本当の理由を教えてくれる?君なら教えてくれるかもしれないと思って。」


赤見は日光に顔を向けたが、日光は赤見をと向き合わず、夜空ばかり見上げていた。『君』というのは『俺』のことか?日光は爆笑した。


「……君も教えてくれなさそうだね。」

「ああ、自分なりに演技してみたけど、通じなかったみたいね。最初の反応から失敗したことは分かっていたけど。」

「私の後輩なら、この天気で尊敬する先輩が半袖のTシャツ姿でバルコニーに出ていることから心配したはずだ。ジャケットくらいは脱ぐべきだった。」

「お姫様みたいだな。赤見明、申し訳ないけど、俺にまでそんな扱いを期待するなら困る。忘れたかもしれないが、残酷な殺し屋だよ?」

「おそらく本田さんも死んだだろう。」

「当然のことを。テメェの催眠術のせいでナーフされた俺が、あいつを処理する際にミスをたくさんしてしまったので、証拠隠滅をする過程が相当面倒だったよ。ガキにそんな後始末を任せたのは初めてだった。テメェは本当に俺の人生に多くの汚点を残したな。」

「……なぜ来たからすぐに私を殺さずにこんなことをしているんだ?」


日光は床から立ち上がり、バルコニーの手すりに腕を乗せた。夜風に揺れる日光のネクタイは黒かった。赤見は早くプレゼントを渡したくなった。


「この幼稚な役遊びはいつまで続けるつもりか。」

「私が死ぬまで、一生。そう言っただろ。」

「もし俺が今、テメェを殺さずに放っておくなら?」


日光は背後で赤見がびくっとする気配を感じた。感謝すべき提案だろう。日光から自由になることは、赤見がずっと望んでいたことだから。


「俺がテメェの命を助ける代わりに、テメェは俺に催眠術をかけない。ここで綺麗に別れるってことさ。どう?少し興味あるか?」


赤見はゆっくりと立ち上がり、日光の隣の手すりを握りしめて立った。下を見下ろすと、遅い時間にもかかわらず、忙しく走る車の明かりが美しく点滅していた。かつては赤見もあの明かりの中にいた。うまく付き合うことはできなかったが、それでも赤見は彼らの一員だった。それを今になって気づいた。


今は違う。あまりにも遠くに来てしまった。こんな高い場所で殺人鬼と一緒に立ち、あの明かりを他人事のように見下ろすことになったのだ。


「君が私を殺さないことをどう保証する?」

「保証できない。ただ信じろ。」

「対策がないな。」

「契約書を書くこともできないことだから仕方ない。ただ、俺もテメェと強制的に付き合うのに疲れてからさ。抜け出したいんだ。もううんざりだ。」

「私は嫌だ。」


日光は思わず赤見を振り返りかけた顔を、必死に元の角度に戻した。


「君が戻ってきてからどれくらい経ったかは知らないけど、おそらく私の催眠が解けた後だろうから、少なくとも二、三日くらいは私を殺す機会があったはずだ。それなのに、日光、君はこれまで私を狙撃したり攻撃したりせず、ここでこんな会話を試みている。」


赤見は日光に顔を向けた。日光は視界の端に差し込む赤い光を見ないように努力した。


「私はそれだけで感動した。やっぱり君を捨てられない。ずっと私の後輩にいてくれ、日光。お願いだから。」

「この野郎……!殺してやる……!」


日光は威嚇すると同時に、赤見の目と視線を合わせないように左手のひらで赤見の顔全体を覆った。赤見がその攻撃を認識し、抵抗する前に、日光は赤見の右目の穴に乱暴に指を突っ込み、その中の目玉を抉り取った。


「……!」


うめき声すら上げられず、赤見は床に倒れた。はは、ざまあみろ。日光がにやりと笑い、思わず握り締めた目玉に視線を移した時だった。ぬるい温もりが奇妙に残っている目玉の黒い瞳が赤く燃え上がったが、瞬きながら消えていった。しかし、そのたった一度の完全な発熱だけで十分だった。


日光の息づかいが変わった。まるで遠くから走ってきた犬のようにはあはあと息を切らしているのは、大きな衝撃を受けたに違いない。赤見は全身の力を抜いて横になった。背中に触れるバルコニーのタイルの硬さのように、自分の利己心も針一本も入り込めないほど堅固なものだと直感した。なぜなら、自分の手で赤見を傷つけたという事実が、日光を傷ついたという理由で、赤見自身の心は安らぎを覚えたからだ。


「せ、先輩……!俺、俺が……!」


かすかにすすり泣く声が、胸が痛むほど嬉しかった。赤見は右目があったところを握りしめ、無理に痛みを耐えながら日光に残った手を伸ばした。幸いに日光はその手をすぐに取り合ってきた。温かい。


「落ち着いて、まず病院に、連れてて。」


日光は赤見を背負って走った。自分の車は遠くに停めてあったので、赤見の車を借りた。赤見を助手席に座らせた日光は、慌てて出てきたため、ただ持っていた赤見の右側の目玉をどうすればいいのか分からず、ためらった。赤見は無言でその目玉を受け取った。日光は運転席に乗り込み、ハンドルを握ってしばらく固まった。きれいな右手とは対照的に、左手は赤見の血で真っ赤に染まっていた。


「日光、出発しよう。」

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