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死ぬよりひどい。

ハードボイルド・セブン

エピソード7. 正義

第54話




夜1時。大夢は、画面の向こうに眠っている正義の顔がさまざまな角度から映し出されている画面を一つ一つ確認してから、部屋を出た。廊下を歩いている間、耳に挿したエアーポッズから聞こえる正義の息づかいは、深い睡眠状態に陥ったことが明らかなほど、ゆっくりとした規則的なものだった。おそらく今すぐには直接触れても簡単に目覚めないだろう。弁当の容器とカバーの隙間に注射針を差し込み、睡眠薬を注入した。飲料水だけで薬が混ざっていることに気づいた正義なら、弁当でも同じ味を感じたはずだが、ハンガーストライキをするよりも当面の空腹を解消することを選んだみたいだった。正義はいつも食べ物に弱かったから。10個全部ではないが、半分以上は食べた。その程度なら数時間意識を失うには十分だ。


ここは大夢が先週借りたマンションだった。春風という喫茶店を通じて赤見という男に接近する機会ができて、急いで用意したため、条件自体はそれほど良くなかった。特に構わなかった。新婚の家でもないし、拉致犯と拉致対象二人で暮らすのに、クオリティ・オブ・ライフを細かく気にするのも変だった。


台所に立ち寄った大夢は、冷蔵庫から弁当10個をメニューが重ならないように選んで取り出し、正義を閉じ込めた部屋へ向かった。扉に付けられた人ほどの大きさのスチールキャビネットは、床に付いた車輪の固定装置を外せば横に押して簡単に移動させられた。念のため取っ手も鍵をかけておいたので、それも開けなければならない。大夢が無意識に口ずさむ鼻歌と、鍵の束がカチャカチャ鳴る音が、和音のように混ざり合った。カチッと鍵と鍵穴がはまる音が心地よかった。大夢は持っていた弁当を落とさないように巧みにバランスをとりながら、扉を勢いよく開けた。


気がついたときには、すでに大きな手のひらに首を掴まれ、壁に押し付けられていた後だった。凄まじい痛みがぶつかった後頭部から脊椎を伝い、尾骨まで鋭く走り抜けた。揺れる視界を必死に捉えると、正義に違いないシルエットがぼんやりと浮かび上がった。その間に眼鏡が飛んでしまい、正確には見えなかった。明らかに両手が自由なのに、正義の手一つ防ぐ力がなかった。地面から浮いた足をばたつかせる時な、落とした弁当からこぼれたご飯粒が足先に粘り強くくっついた。正義はトイレで食べたものを吐き出したに違いない。あ、やはりトイレにもカメラを設置すべきだった。自分らしくない行動でプライバシーを守ろうとしたせいで、事をしくじった。


日光は適度な力で大夢を壁に固定し、彼のポケットを捜した。しかし、日光が欲しがるものは何も入っていなかった。日光はちっと舌打ちをし、大夢の首を少し緩めた。


「どこだ?」

「……何が?」

「ケータイ。」


大夢は息を切らしながら答える代わりに、手で廊下の隅の扉を指差した。日光は大夢の首根っこを掴み、引きずりながらその扉に向かって歩いた。扉はすでに半分開いており、ただ中に入るだけだった。


「はっ。」


日光は空笑いを漏らした。部屋の中は全て大小のモニターとオーディオ機器で埋め尽くされていた。特にそのうちの片方の壁面は、日光に関連する収集品でぎっしりと詰まっていた。いつ撮られたのか分からない写真や、音声ファイルのようなカセット、修羅として活動していた際にディープウェブに残した短いメッセージを印刷したメモ、日光が拉致される直前に着ていたコートとスーツも、その壁に端正に掛けられていた。


「一体何だ?あのクソみたいなゴミ捨て場で、お前だけはまともだと思っていたのに、完全に狂ったクソ野郎だったんだ。」


感嘆するように呟いた言葉に、大夢がくすくすと笑い始めた。日光は首根を掴んだ手から伝わってくるその笑いのリズムが不快だった。手を離すと大夢は床に倒れ込み、さらに大きな爆笑を上げた。日光が冷たい目で大夢を見下ろす間、大夢は床を叩きながら笑い、涙を拭きながら体を起こした。


まっすぐに立った大夢は、いつの間にか笑いが消えた顔で日光を見つめた。日光は、ようやくまともに向き合った大夢の顔に刻まれた歳月の流れに少し驚いた。まだうぶ肉が残り丸く赤らんだ幼い頃の大夢の顔が、今のやせ細り、擦り切れた男の顔に重なった。その二つの顔は全く異なる雰囲気でありながら、非常に緊密に結びついて、日光を混乱させた。突然、日光はこの男をどう理解すればいいのか全く分からないと思った。久しぶりに母親に会った先輩もこんな気分だったのだろうかと思った。


そうだ、先輩!こんなことをしている場合じゃない。日光は大夢から視線を外し、部屋の中を見回した。自分のものではないが、大夢の携帯電話が机の上に置かれていた。日光は急いで近づき、それを取り上げた。パスワードがかかっていたが、構わなかった。日光は現在時刻を確認するだけで十分だった。


12月21日 土曜日、1時12分


「こんなバカな……。」

「お前は失敗作だ。」


突然投げかけられた大夢の意味不明な言葉にも、日光は気にする余裕がなかった。日光の直感が間違っていた。先輩の催眠術にかかってから3日目だ。只今日が明けたばかりとはいえ、3日目である以上、安心することはできない。今すぐ先輩のところに戻らなければならない。


「おい、ここはどこだ。いや、先輩はどうした?」

「お前は失敗作だ!」


耳が聾するような叫び声に、日光は眉をひそめた。この状態では、会話は通じそうにない。とりあえずここを離れるつもりで、日光はガウンを脱ぎ捨て、壁にかかっていたスーツに着替えた。幸いにもコートのポケットに携帯電話とカードがそのまま残っていた。それらを確認し、ワイン色のコートを手に取ろうとした瞬間、大夢が日光の前を塞いだ。苛立った日光は、歯を見せながら唸り声を上げた。


「失敗作?知らなかったのか、俺は元々失敗作だった。」

「俺が『本当のお前』を引き出すことができた………。全部お前の台無しにした……。俺がお前を、お前だけが失敗しなかったら……。俺があんなに努力したのに……。あんなに努力したのに、なぜ分かってくれないんだ……。」

「何言ってんだ。お前が何で俺を引き出すのか?俺なんて最初からいなかったし、俺を作ったのは赤見先輩だ。お前なんかじゃない。」

「あいつ、俺が殺した。」


何?日光の顔が困惑で染まるのを見て、大夢が嘲笑を浮かべた。


「助けてくれと命乞いをするのを笑われながら、生きたまま指を切って、歯を折って……。」

「嘘をつくな……。」

「顔の皮をはぎ取り、舌を抜き取り、全部お前がやったことだろう?俺が全部同じように返したんだ。」

「違う……。そんなはずはない。」

「誰かはお前がした悪事を責任とらなきゃならないだろ。そうじゃないか?修羅。」


日光はスーツの胸ポケットからグロックを取り出し、大夢の眉間を撃った。大夢は笑っていた表情のままで倒れた。日光は震える手でグロックを投げ捨て、コートのポケットから自分の携帯電話を取り出した。日光は、よく使う項目に唯一保存されていた番号を押して赤見に電話をかけた。着信音が鳴り続ける、お願い、お願い、お願い、神様、4回目で電話がつながった。


「日光?日光!君は一体どこにいるんだ!いや、とりあえず無事でよかった。戻ってきてから話そう。怪我は……。」


日光は電話を切った。まともな声で答える自信がなかった。日光は胸に携帯電話を強く抱きしめ、しばらくそのままで立っていた。涙が止まらず流れ落ちた。全ての殺人が全部、全部後悔になった。取り返しのつかない罪を犯したという遅すぎる実感が、全身を鎖のように締め付けた。自分の悪さのせいで先輩が少しでも傷ついたら、そんなことは、ダメ、どうしても耐えられない。死ぬよりひどい。


我を忘れたまま外へ飛び出し、タクシーに乗った。ここがどこかと尋ねると、運転手は福岡県のある地名を答えた。タクシーに乗りながら、日光は現在最も早く出発する東京行きの航空便とスカイライナーを予約した。遅れない限り、一日で先輩のところに戻れるだろう。


しかし、遅かった。飛行機の中で、日光は日光に戻った。顎を頬杖をつく、楕円形の狭い窓から薄紅色に染まった夜明けの東京の街を見下ろしながら、日光は久々に手に入れたこの自由をどう楽しむか、ゆったりと悩みに耽った。

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