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何かとても良いものを与えて

ハードボイルド・セブン

エピソード6.福世

第43話




日光は赤見が早く起きたにもかかわらず、大食漢の自分を配慮するために朝食をキャンセルしなかったことを知り、とてもありがたかった。赤見が食べ物に少しも口を付けないことは心配だったが、今はどんな言葉も届かない状態だったので、日光はただ静かに自分の分の食事を食べた。


「日光、1人前では足りないだろう、私の分も食べて。」

「え、そうですけど……。」

「日光。食べて。」

「はい。」


日光は無意識に箸を手に取り、近くにあった適当なおかずを口に押し込んだ。また催眠命令だ。ここ2ヶ月間、赤見はどんなこともこんな風に強要してなかったのに、昨日続きでもう二度目の命令だった。おそらく日光に対して、そんな部分まで気を配る余裕がなかったのだろう。


赤見の母親が生きている事実も、赤見の母親が赤見を忘れたという事実も、赤見の母親が再婚して異父弟を二人も産んだ事実も、その弟たちの名前に込められた意味も、全部赤見に傷を与えるだろうことは予想していた。それでも仕方がない。これはまるで大きな病気を防ぐためにワクチンを打って弱く病気を患うような、必ず必要な過程だ。


日光は口の中の温泉卵を噛みながら、向かいに座っている赤見をちらりと見た。赤見は普段とは違って朝早く起きて、すでに日光が用意した外出着に着替えていた。ずっと壁にかかったコートの方をちらちら見ながら足を震わせているのは、一刻も早く自分の母親に会いに行きたいようだった。前向きなサインだ。日光は赤見がもしかしたら悦子に顔を背ける最悪のケースも既に想定していた。そのため、出発すらしないという選択肢を減らすため、寝ている赤見を無理やり新幹線に乗せた。 とりあえず大阪まで来れば、せっかくここまで来たんだから会ってから帰ろうという方に考えが傾く確率が高まるから。


赤見は自分の母親に会わなければならない。 日光がそう考える理由は明確だった。宇代恵子の死により、赤見は苦悩していた。周囲の人の死は致命的な後遺症を引き起こす。日光は、家族や知人の死を理由に巨金を払って殺人を依頼する依頼人たちを数多く出会ってきた。その中には、自分の手で直接復讐したいと日光を訪ねてきた蓮もいた。日光は、そのたびに彼らが示した感情的なサインに揺らぐことはなかった。ちっとも共感できなかったせいだ。しかし、今や日光は彼らの苦痛を自分のもののように一つ一つ感じることができた。正保組の組織員たちに蓮と赤見を失いかけたとき感じた、激痛に近い感情。そんなことを赤見も感じているなら、自分よりも弱い彼がどれだけ耐えられるだろうか?222


日光と生活しながら、赤見は身体的には以前より健康になったかもしれないが、精神的にはそうではなかった。日光が赤見にあれこれと小言を言っても、赤見がそれをある程度聞くようになった背景には、彼が自分を受け入れてくれたおかげもあるが、彼が以前より無気力になったせいもあった。赤見が隠す場所を変えたものの、日光がすぐに発見した彼の遺書や手紙は、どんどん増えるページ数とは逆に、使われる単語の数は減っていた。小学生が書いたと言っても信じるほど筆跡が乱れ、極端で過激だった以前の表現とは異なり、どこか諦めと放棄の雰囲気が強く漂っていた。日光は赤見がより冷笑的になり、視野も狭まっていると判断した。赤見は次第に偏執的で、そして陰鬱な反応を示すようになっていた。


つまり、日光は赤見を慰めたいと思っていたのだ。何かとても良いものを与えて、普段通りに憂鬱な、普段通りの先輩に戻してあげたかったのだ。


ひまわりとはもう連絡を取らなくなった日光は、以前何度か一緒に働いたchuという情報屋に、赤見の母親を探すよう依頼した。そしてその情報を得たのがまさに昨日の朝。迅速な行動した苦労があって、先輩はすぐに餌に食いついた。今、宇代を失って消耗になった先輩のメンタルに、母親を取り戻したという幸福感を注ぎ込めばいい。これで、とりあえずこの問題は解決できると、日光は信じていた。


日光が空になった茶碗と箸を置くと、赤見は立ち上がった。


「行こう。案内して。」

「歯磨きだけしてから。良いでしょう?」

「あ、いいよ。」


素直に再び席に戻った赤見を残し、日光は小さな洗面台と便器が備わったお手洗いに入った。歯ブラシを口に含み歯を磨いていた日光は、ふと鏡の中の自分の顔を見た。わざっと押さえていた悩みが抑えきないほど露わになった焦燥に満ちた顔が、見苦しかった。


この『問題』を解決すれば、果たして先輩は日光に戻ってくるだろうか?宇代が死ぬまで彼女だけに頼り、日光には隙を見せなかった先輩だ。母親を取り戻せば、先輩の中での日光の地位はどのような変化を迎えるだろうか?おそらく降等されるだろう。明らかな結果だ。先輩にとって母親は逆鱗のような強力な存在だ。罪悪感の根源であり、最も恋しかった対象だ。一方、自分は?自分はただ警護と家事のオプションが付いた便利な同居人に過ぎないのに。


正直、日光はchuに先輩の母親に関する情報を依頼しながらも、彼女が生きているとは期待していなかった。ただ、彼女の小さな一片でも見つけて先輩に捧げたかっただけだった。日光にとって悦子は先輩の過去であり、だから安全な贈り物だった。こんなに彼女が生きている存在となった以上、彼女の存在はむしろ脅威として急浮上する。


それでも、これは正しい選択だ。先輩の幸せのためなら、耐えられることだ。そう繰り返してここまで来たが……もし、先輩と同じ血を半分も持って生まれた弟たちという、何もしたこともない幸運な人間たちまで、先輩の関心を分け与えなければならないのなら?


日光は自分のポジションを良く知っていた。あの弟たちという人間たちと日光は年齢差もほとんどなかった。彼らが真の脅威だ。彼らは、日光のライバルだ。

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