そのようにして朝が来た。
ハードボイルド・セブン
エピソード6.福世
第42話
二人は浴衣に着替えた後、冗談だと思っていたが、日光は本当に赤見を横にした後、写真二枚を手渡した。
1枚めの写真は、ラベンダー色のスカートスーツをきちんと着た中年女性が明るく笑って、学士帽をかぶり、花束を手に持った若い女性を抱きしめている写真だった。写真は印刷したばかりのようにコーティングが剥がれた部分もなく、パリッとしていた。赤見は2枚目の写真をめくった。2枚目の写真も同じくパリッとしていたが、色味が褪せたような感じで、昔に撮られた写真みたいだった。ノースリーブインナーを着た男性が、おくるみに包まれた赤ちゃんを抱いている写真だった。まぶたが重い目つきと雰囲気が、前の写真の若い女性と少し似ているようにも見えた。赤見が戸惑う目で日光を見上げると、日光は指で写真の女性を指さして言った。
「福世悦子さん。本名、赤見悦子さん。先輩の母親です。」
赤見はひそかに写真を見つめた。中年女性の顔は見れば見るほど見慣れてなかった。5歳の時に最後に会った母親の若い姿とよく繋がらなかった。赤見の視線は隣の20代の女性の方へ移った。赤見を注意深く見守っていた日光が早速説明した。
「そっちは福世はじめ。25歳。先輩の異父姉妹で……」
「はじめ。」
その名前は静かな衝撃として迫ってきた。母親が生きていて確かに喜ぶべきなのに、平然としている自分の反応に驚いていたところ、突然耳に飛び込んできた『はじめ』という言葉に、勝手に傷つく心が、自分が考えてもおかしいだった。
「つまり、母親は全てを忘れていたんだ。その時から、ずっと。」
「多分、そうだと推測されます。悦子さんは1992年2月6日に札幌市内で失踪され、その翌日の7日に余市岳の麓で発見されました。その後、すぐに駆け付けた警察の援助を受け、近くの保護施設で2ヶ月を過ごし、大阪に住まりを移されたそうです。」
「大阪に移らなければならなかった理由と、母親が行方不明届を出したにもかかわらず家に帰れなかった理由は同じだろう。この男のせいか?」
日光は今度は2枚目の写真の中の男を指さした。
「そうです。当時の資料を調べたところ、赤見静彦さん、つまり先輩の父親から悦子さんの行方不明届はちゃんと提出されていました。その届出を当時の警察官だったこの男、福世誠が隠蔽した後、記憶を失った悦子さんを誘い出して大阪に一緒に移住させたように見えます。二人はその1年後に結婚しました。」
「2ヶ月で……。」
しかし、記憶を失った母親に他の方法があっただろうか?存在すら分からない家族は彼女を探さず、頼れる人は目の前の警察官だけだっただろう。
そして何より、2ヶ月は誰かにそばに寄り添うには意外に適切な時間かもしれない。少なくとも4ヶ月で殺し屋と一生を一緒に過ごすことを決めた赤見には、反論する立場でもなかった。そもそも母がそんなに記憶を失うようにさせた元凶も、赤見自身ではないか。
「日程は6泊7日なので、その中でゆっくり決めても大丈夫ですよ。もっと長く考えたいなら最初から日程を延ばしてもいいですよ。いずれにせよ、俺は先輩が先輩の母親と必ず会ってほしいのです。だからこうやってこっそりと連れてきたんです。」
「そうか。君の気持ちはわかった。」
「理解してくれてありがとう。福世誠という男は警察を辞めて大阪に移住し、探偵業を始めて4年で交通事故で死亡したから、その男と出会う心配はしなくても良いです。」
日光は、その男が事故で夭折したことが良いことだったかのように言った。赤見は返す言葉がなかった。母親を奪った男の死を喜ぶべきか、それとも残念に思うべきか、よく分からなかった。赤見の視線は再び学士帽を被った若い女性に戻った。
「この、はじめという女性はどんな人何だ?君ならきっとそこまで全て調べただろう?」
「もちろんです。先ほど言った通り、名前は福世はじめ。25歳。福世誠と先輩の母親の間に生まれた1男1女の長女で……。」
「待て。1男1女の長女?この女に弟がいるってことか?」
「うむ、はい。1歳年下の弟がいますけど……。」
日光は少しぐずぐずしてから、隣に置いてあった荷物から3枚目の写真を取り出し、赤見に手渡した。
「先輩がショックを受けるかもしれないから、わざわざ前の2枚の写真を先に見せたんですけど。」
3枚目の写真は、はじめという女性とその弟が居酒屋のような場所で一緒に撮った写真だった。赤見は3枚目の写真の尖った一角を指先で軽く叩きながら、その写真をじっと眺めた。最初の写真から時間が経った後の様子だった。はじめの髪の色とヘアスタイルは卒業式の写真と全く違っていた。黒く長いストレートヘアから華やかな赤いショートカットへの変化が、彼女のくたびれた印象に意外にもよく似合っていた。Vサインをするために上げた腕には、いくつかのタトゥーが刻まれていた。
隣で一緒にVサインをしている弟は、昨日高校の制服を脱いたと言っても信じるほど幼く見えた。この男の子は自分の姉とは全く似ていなかった。性格も反対に見えた。落ち着いた灰色のシャツに黒いスラックスをきちんと着こなし、少し面倒くさそうな表情で姉と付き合っている男の子は、恐ろしいほど赤見に似ていた。二人の年の間に存在する13年と言う時間だけでなければ、一卵性双生児やドッペルゲンガーに見えるくらいだった。
「こいつ。名前は?」
「名前は……。」
日光はためらった。
「日光。名前を言え。」
余裕を失った赤見は、過去2ヶ月間一度も使わなかった催眠命令で答えを促した。日光は苦しい表情で男の子の名前を吐き出した。
「福世明!くっそ。それが、あいつの名前です。」
その会話を最後に、赤見は一言も発さず写真を再び日光に渡し、寝る準備を整えた。より奥の布団に横たわった赤見は、壁にかかった自分のジャンパーのフード部分に付いた毛の数を数えながら、ぼんやりとしていた。
そのようにして朝が来た。




