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あるいは、崩したか。

ハードボイルド・セブン

エピソード5.正保組

第33話




夜にひまわりから日光が要請した情報が届き、その後数時間が経った午前9時、日光を先頭に3人は浅草橋駅近くの店に入った。浅草橋駅周辺に集まる原石と原石関連のジュエリーを扱う店の一つだった。開店したばかりなのか、若くて気さくな印象の店主が店のロゴが描かれたエプロンを掛け、明るく挨拶してきた。思わずに頭を下げた赤見とは対照的に、日光と蓮は店主の挨拶を無視した。蓮が店の中をキョロキョロと見回している間、日光が店主に向かって言った。


「赤田千秋。」


突然の言葉だったのに、店主は動じず、店壁に掛かった古い電話機を手に取り、どこかに電話をかけた。何度か頷いた店主は、やがて三人を店の奥の部屋へ案内した。奥に入った三人の後ろで扉を閉めると、店主は黙って去っていった。


入ってきた扉を除けば、他の扉や窓、照明すらなく、薄暗い部屋の中に不自然に立っていた赤見の周囲で、日光と蓮が少しずつ動きながら床を叩いた。赤見が二人とも何をしているのかと聞く前に、蓮が床の隙間に足先を差し込み、隠された扉を引き上げた。地下に通じる階段だった。入り口には懐中電灯が吊っていた。日光は迷わずに懐中電灯を引き取り、その中へ下りて行った。赤見は次に蓮を中に入らせるとしたが、蓮が赤見の首の後ろを掴み、思い切り中へ押し込んだ。蓮は赤見の後ろで最後まで周囲を警戒しながら扉を閉めた。


「ここまでは順調ですね。」

「言っただろ。流血沙汰なしで終わるって。お前たちが大騒ぎしだんだ。」

「それは知らないことですよ。緊張解くな、ガキ。」

「はい。」


地下の階段は一方通行でつながっていて、いくつかの角を曲がった。赤見は一瞬で方向感覚を失った。殺し屋たちが自分たちで小声で話し合った。


「何回か曲がったけど、結局南東方向に10分、それから北方向に5分くらい歩いたみたいですね。」

「たぶん神田川の下を通ったはずだ。地下とはいえ湿気がひどい。このまま上がれば鳥越神社付近だろう。下りているように感じるが、実際には微妙に少しずつ上っている。」

「そう、そう、わかった。無人島に行くことになったら、お前たち二人を必ず連れて行く……。」

「俺だけで十分なはずですよ、先輩には。」

「わ、修羅さん、オレの前ではクールなふりしてたのに、完全に甘えん坊でしたね。」

「先輩限定の特別サービスだから期待するな。」

「一体誰がそんなことを期待するんですか?」


蓮は少し飽き飽きした表情を浮かべたが、すぐに黒崎を思い出した。黒崎は修羅さんとキャリアの初期から一緒にいたらしいが、こんな陰気なおじさんに修羅さんを奪われるなんて夢にも思わなかっただろう。


蓮は、つやのないもしゃもしゃの赤見の後頭部をじっと見た。どれだけ考えても、美しく輝いている黒崎とこの男を同じ線上に置くことは、黒崎に対してあまりにもひどい侮辱だった。ダイヤモンドと石を比較するようなことだ。


修羅さんはこのおじさんから何を見たのだろう?このおじさんは修羅さんに何を教えてくれたのか、なぜ修羅さんの『先輩』になったのか?2年間一度も見たも、聞いたこともない、突然修羅さんの隣に現れたこの『先輩』と呼ばれる男はやはり怪しかった。怪しいけど、尾行すら失敗した蓮としては、今やこの男について調べる方法がなかった。修羅に過去を尋ねることは禁忌に近かった。修羅は軽い態度で冗談を言うけど、少しでも彼の過去に近つく質問を聞いたら、口を固く閉ざしてしまった。大きな壁を築き、背を向けてしまった。


どうやったのかは分からないが、この赤見という男は、その壁を越えたのだ。あるいは、崩したか。



ついに現れた鉄の門の前で、日光は後ろを振り返った。蓮は日光が事前に命じた通り、赤見の右側に立った。日光が門を開けた。日光の予想は的中した。門の向こうは地下ではなく地上だった。


広々とした荒廃した場所だった。空き地のような庭の端に廃屋が一軒立っていた。腐りかけた瓦がぎりぎりとくっついた屋根からは絶えずにほこりが舞い落ち、部屋ごとの障子野獣に破られた跡が鮮明だった。庭の両側には数十人のヤクザが一列に並んでいた。赤見が恐怖におびえて戸惑ったため、日光は雑草がまばらに生えた庭の地面に先に靴を踏み出した。荒廃した茶色と乾いた灰緑色の風景の中、赤いスーツのジャケットの裾をなびかせながら先に行く日光の背中は、妙な感興をそそった。赤見は唾を飲み込み、その後を追った。たとえ何が起こっても、日光が一緒にいるから大丈夫だと信じて。


彼らが廃屋にほぼ到着した時、障子がゆっくりと開き、赤見に馴染みのある顔の男がようやく姿を現した。黒い着物に着た男の頭皮には、相変わらずの傷痕が刻まれていた。


「器用な赤田さん。」


男はにやりと笑った。相変わらず左目の端が異常なほど裂け上がった狐のような笑みが、赤見の心を気まずく締め付けた。


加利部は三人を部屋の中に招き入れ、障子を自分で閉めた。女の子が一人含まれてはいるものの、日光の方は一見して逞しい、一対多の状況なのに、特に危機感はないようだった。加利部は虫食いの跡の鮮やかな畳の上に先にどさりと座り、三人も座るよう勧めた。赤見が慎重に膝をついて座ったので、日光も蓮も膝を膝をついて座った。


「座布団がなくて失礼。ここは元々人を招くための場所ではないからな。しかし、10年経った今になって代価だと、何が欲しい?俺の聞きところでは、この東京で赤田千秋、いや、赤見明よりも裕福な人はほとんどいないらしいな。それなら何か特別なものを求めて来たんだろう?」


突然呼ばれた赤見の本名に、日光の膝が軽く浮き上がるように動いて、赤見は彼の太ももに手のひらを押し付けた。意外にも蓮の方は冷静だった。これで誰がメンターなのか分からないな。それでも状況が悪くなったら、女の子の蓮を先に守るべきだ。日光は私だけを守ろうとするから、私が蓮を抱きかかえていた方が一番安全だ。考えをまとめた赤見の瞳が真っ赤に輝いた。


「その名前はどうやってに知ったんだ?」


加利部は先ほどまでと変わらない笑みを浮かべながら、素直な態度で答えた。


「クロサキという渋谷の情報屋が教えてくれた。あいつの言葉では、お前が俺の首を斬りに来ると。」


あ、そうか。赤見は驚いたというより、何か当然だと思った。黒崎ひまわりは、日光が自分から離れて再び殺し屋に戻ってくることを望んでいた。だから二重に情報を漏らしたんだ。そうすれば、このヤクザたちは万全の態勢を整えて自分たちを待っていたに違いない。そして黒崎は、蓮まではどうかわからないが、日光なら一人ででも無事脱出できると考えていたのだろう。


「このまま戻りましょう、先輩。」


怒りに燃える声の日光を、赤見は断固として手を挙げて一蹴して、加利部に命じた。


「座ったまま膝で這って私の前に来い。」


加利部は命令に従い、近づいてきた。まだ笑っている顔が奇妙だったが、いずれにせよ加利部が自分の催眠術にかかった以上、主導権は自分にある。流血沙汰は起こらない。


「日光。作戦はそのままでする。」


日光は後頭部をぼりぼりかきながら立ち上がった。揺れる動きから不満が滲み出ていた。蓮はそんな日光の顔色をうかがいながらゆっくりと体を起こした。最後に催眠術で加利部を起こした赤見も立ち上がり、四人は障子を開けて庭の方へ顔を向けた。庭の真ん中を空けたまま一列に並んでいたヤクザたちは、いつの間にか廃屋を円形に囲んでいた。手に持った柳刃が朝の陽光を受けて青く輝いていた。


赤見は加利部の口を借りて命令を伝えた。


「避け。石原拓也を連れてきて、こいつらと共に返す。そして俺も一緒に……。」

「修羅さん!」


蓮は加利部に最も近かった日光のジャケットを掴み、自分の方へ引き寄せた。バランスを崩した日光が少し横に傾いた瞬間、柳刃で目を刺された加利部の首がパッと後ろに反り返った。加利部の目の穴から噴き出した血で肩が濡れるのを感じながら、日光はそのまま加利部の死体を足で蹴り、庭のヤクザたちの真ん中に落とした。ヤクザたちの列が乱れる間、日光は手を伸ばして赤見の首根っこを掴み、部屋の中に押し込んで自身も壁の後ろに身を隠した。


日光が蓮の叫び声を聞いた瞬間、反射的に左手に持っていた短刀を右手に移し、左腕の袖からグロック18を取り出すまでの時間は0.6秒。この側に銃があることを知らせるために威嚇射撃を行うまでの時間は1.5秒。赤見が外のヤクザたちの視線が届かない死角の畳の上に安全に尻餅をついたことを確認するまでには2.1秒の時間がかかった。


「修羅さん!もうどうしますか!」


障子が開いた隙間を挟んで、向かいの壁の向こうから、日光と反対に右手にグロック18、左手に短刀を握った蓮が叫んだ。日光は揺るぎないまっすぐな眼差しで、自分を信じ、自分の命令を待つ自分の一番弟子をぼんやりと見つめた。一番弟子だと、一度も考えたことがなかったのに、それはなぜだったのか?日光は彼女を直接教えた。人と戦う方法も、人を殺す方法も全て教えたのに、なぜ過去2年間、蓮と自分が他人なだけと、それほど完璧な線を引いてしまったのか?


作戦開始の前夜だった昨夜、日光は乱闘中に捕まる可能性がある理由で、蓮が長年伸ばした髪を自分と同じくらい短く切り落とした。ピンクの髪が足元に積もっていく間、蓮は声を出さずに泣いていた。日光は、その髪に溶け込んだ時間だけが、蓮と蓮の家族を結ぶ糸だったことをよく知っていた。日光は髪を切られた蓮がお風呂から飛び出した後、お風呂の床にしゃがみ込んで、そのピンクの糸玉を一つ一つ集めた。そして、先輩が今日夕方なって読んだ昨日の朝刊にそれらを包んで蓮に渡した。


「ありがとうございます。」


所々湿った新聞の束を大切に受け取りながら、蓮が言った。何が感謝なの? 日光は聞きたかった。直接復讐の理由だけでディープウェブを漁り、自分を訪ねて来た、涙で腫れた顔の15歳の少女を、日光は無視して社会に戻すこともできた。そうすれば蓮は今頃、カラオケでヨルシカの歌を歌う音痴の少女たちのように、高校の制服を着ていただろう。特技と言った数学を続けて勉強していたはずだ。


しかし、日光は蓮を返さず、自分が踏みつけている泥沼に引きずり込んだ。なぜかと?なぜなら、日光は蓮にも、蓮の未来にも、全く興味がなかったからだ。蓮を教えることで、退屈な自分の人生を早く流されると思ったからだ。

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