なぜそんなことした?
ハードボイルド・セブン
エピソード5.正保組
第30話
蓮は、人々が長く立ち並んだ列を通り過ぎて、カラオケ店内へまっすぐに入った。行くべき部屋の番号が書かれたメッセージをもう一度確認し、正しい番号を選んで扉を開けると、そこにはこの騒がしいカラオケとは全く似合わない高級な感じがあるネイビーのスリーピーススーツを着た女性が一人、黒いスーツとネクタイにワイン色のシャツを合わせた男性が一人。蓮は改めて自分の服装をもう一度見た。急いで出てきたため踵を潰して履いたしコンバースのスニーカー、チェック柄のロングスカート、チェーンのついたベルト、『キラー』という英語の単語がグラフィティっぽい画風で描かれたTシャツ、キャラクターの人形を派手に飾ったスポーツバッグ……。
「蓮君!かわいい格好だね。何でぼーっとしてるの?何でもおごってあげるからか食べたいものがあったら言って。」
「お、ガキ。今回は一件やってるみたいだな。なかなかやるじゃないか。」
次々と声をかけてくる黒崎と修羅は、ブランド品の画報からそのまま歩き出したように、文字通しに輝いていた。蓮は頭の上に被ったビニーに付いた犬の耳を掻きながら、近くの席にどさっと座り込んだ。長い三つ編みのツインテールをしたピンクの髪が空中にぶうんと浮き上がり、蓮の肩の上に落ちた。この人たちは、蓮がなぜいつも集まっていた高級レストランやカクテルバーではなく、こんなカラオケで会おうと言ったのか、その理由について真剣に考えたことがないのに間違いない。
「一度くらいは少し気軽くに会いたかったんだけど……。」
「え?ガキ、何だって?」
「何もありません。それより遅れてすみません。急に用事ができて……。」
「今日の主役だから許してやる。何飲む?コーラ?」
「お祝いの場ではやっぱりお酒を飲まないとな。そうだろ?」
「前回、蓮君がビール一杯で倒れたこと覚えてないの?マサピが最後まで責任持ってくれるの?」
「ああ、そうだった。忘れてた。俺は今日早く帰らなきゃいけないから、ガキは適当にガキらしいものだけ食べろ。」
修羅はそう言いながら、蓮が何かを選ぶ前にタブレット端末に手を伸ばし、いつものように大量の料理を注文した。オレンジジュース、コーラ、パフェ、ホットケーキ、たこ焼き、からあげ、オムライス、ナポリタン……。子供扱いしすぎじゃないかと蓮はちょっと悔しかったけど、お酒は飲めないのは事実だし、支払いは黒崎か修羅がするに決まっているので、黙って渡されたまま食べるのがいいだろうと思った。大食いの修羅と一緒に食事すれば、多様なメニューを少しずつ味わえるというメリットがあった。
「早く帰るって?何時ごろ?」
「さあ、今日は家に卵が切れてしまったから、買い物もして帰るんだから6時くらい?らないと。最近、同居の人がスクランブルエッグをよく食べることになったから。」
あ。これは不吉な話題だけど。
「う、歌わないんですか?せっかくカラオケに来たから……!」
蓮はタッチパネルを手に取り、急いで話題を変えようとしたが、黒崎が石のように固まった顔で手に持っていたカップを置くのが先だった。
「同居人?」
「あ、言ってなかった。俺、赤見先輩の家に引っ越した。どこかで喋んなよ。そんな奴らじゃないのは分かってるけど。」
「もちろんですよ、修羅さん。」
蓮はチラリと目を回して、黒崎の様子をうかがった。黒崎が修羅に特別な関心を持っていることは、目が足の裏にある人でも、ただ彼らと数分だけ一緒にいればわかる明白な事実だった。そして蓮は、黒崎と修羅が彼について推測しているほど、世間の事情を知らない子供ではなかった。こう見えても地獄と違いないこの業界に飛び込み、 ちゃんと殺し屋として働いてるのがすでに2年目だよ。
しかし、もう話題が投げかけられてしまった、この摩擦を事前に防ごうとした蓮の試みは無意味になってしまった。蓮は、骸骨や星の形の指輪をたくさんはめ、爪ごとに黒いマニキュアを塗った小さな手で、わざとタッチパネルをなでまわしながら歌を選ぶふりをした。
「いつから?」
「6月末頃か?S事件でお前を会いに行く前から。」
S事件とは、彗星インターナショナルのことだろう。蓮は、2ヶ月間マスコミととネットで熱く語られる彗星インターナショナルCEO殺人事件を思い出した。最近数十年間、日本の経済の一翼を担ってきた大手企業のCEOが、本人のオフィスで本人が招待した児童福祉財団の取締役にアイスピックで刺され、殺害された事件。被害者と加害者の社会的地位、発見された死体の損傷の程度を考えれば、簡単に収まる事件ではなかった。さらに、加害者である福祉財団の取締役が、本人と彗星インターナショナルのCEOが長年児童売春を犯してきた事実を暴露したため、彼と関連する人物たちが次々と逮捕されている最中だった。この事件は、少なくともこの半年はニュースで取り沙汰されるだろう。
そして蓮は、この事件の中心に修羅とその赤見先輩という男がいたという秘密を既に知っていた。
「あの時、もうその男と同棲していたの?私に一言も言わずに?」
「お母さんか?ひまちゃん、お前、先輩の話になると反応が変だな。なぜそんなにその先輩に執着するんだ?」
蓮は悲鳴が出そうになるのを必死で飲み込み、タッチパネルの上に頭を下げた。修羅は何一つ欠けることもなく、うんざりするくらい完璧な人間のように見えても、時々人間的な感情に関わる部分でとんでもない欠陥を露わにすることがあった。
「もういい。私、帰る。マサピはあの赤見か何だかの先輩と卵料理でも食ってね。」
「何?本当に帰るのか?おい、ひまわり!」
バタンと閉まった扉を、しばらく呆れたように見つめていた修羅は、首を横に振った。
「何を考えているか分からない奴。」
それは修羅さんも同じですけど……。蓮はそう文句を言いたかったのを我慢して、無理に笑みながらカバンをまとめた。
「じゃあ、今日はこうなってしまったから、また今度会いましょうか。」
「何だ、俺と二人きりは嫌か?」
「はい?」
「まだ一曲も歌ってないじゃないか?お前の言う通り、せっかくカラオケまで来たのに。」
蓮はぎこちない笑みを浮かべた。
「嫌いって言うよりは、正直言って、もう授業も受けていないのに、こんなところで修羅さんがオレだけ会ってくれる理由がないと思って……。」
「理由が何でないのか?」
修羅がくすりと笑った瞬間、蓮は何か間違えたと直感した。笑みを浮かべている口元と違って、修羅の目は冷たく凍りついていた。背中に冷や汗が流れ落ちた。
「何の話か分からないですけど。」
すでに修羅は爆笑した。蓮は座ったまま固まって、修羅の発作的な笑いが収まるのを待った。笑いを止めた修羅は、少し無表情な顔で隣の部屋から聞こえてくるむちゃくちゃな歌声を聞いていて、蓮が予想してない瞬間に口を開いた。
「なぜそんなことした?」




