第6章 スケッチブックと、君の横顔日曜の朝
楓はスケッチブックと色鉛筆をバッグに詰め、玄関で待っていた。
焔は人間の姿で、軽くコートを羽織っている。
銀髪が朝陽に透け、赤い瞳が穏やかに楓を見ていた。
「準備できたか」楓は頷き、微笑んだ。
「うん。
今日は……近くの川辺で描きたい」
二人は並んでアパートを出た。
秋の風が心地よく、街路樹の葉が黄金色に輝いている。川辺の遊歩道に着くと、ベンチに座った。
楓はスケッチブックを開き、色鉛筆を手に取る。
目の前の景色――川の流れ、対岸の木々、遠くの橋。焔は隣に座り、静かに景色を眺めていた。楓はゆっくり線を引く。
川の青、木の緑、橋の灰色。
指先が自然に動く。
事故以来、こんなに集中して外で描いたのは初めてだった。焔が静かに言った。
「集中しているな。
お前の瞳に、光が戻っている」
楓は少し照れくさそうに笑った。
「焔がそばにいてくれるから……怖くない」焔は赤い瞳を細め、そっと楓の肩に手を置いた。
「なら、もっと描け。
お前の心が感じた色を、全て」
楓は頷き、色を重ねていく。
川の水面に映る空の青を、淡い水色で。
木々の葉に、暖かなオレンジを。
橋の影に、少し深い灰色を。描きながら、楓はぽつりと呟いた。
「……昔は、彼と一緒にスケッチしたこともあった。
でも、あの事故で……全部、止まってしまった」
焔は黙って聞いていた。
手を離さず、ただそばにいる。楓は続けた。
「今は……違う。
悲しい記憶もあるけど、それだけじゃない。
焔と一緒にいる時間が、こんなに温かいなんて……思わなかった」
焔の声が、低く優しく響いた。
「俺もだ。
お前の心を埋めるつもりでいたのに……
俺の心まで、埋められている気がする」
楓はペンを止め、焔を見た。
赤い瞳に、初めて見る柔らかな光。
「焔……」
焔は小さく微笑んだ。
「人間の感情は、複雑だな。
喰らうはずのものが……返ってくる」
楓はスケッチブックを閉じ、焔の手を握った。
「これからも、一緒に描こう。
外で、公園で、川辺で……
私の心が、もっと色づくまで」
焔は指を絡め、静かに頷いた。
「約束だ。
お前の横顔を、俺は見続ける」
二人はベンチに寄り添い、川の流れを眺めた。
風が落ち葉を舞わせ、陽光が二人の影を優しく包む。スケッチブックに描かれた景色は、楓の心の景色だった。
空白だった部分に、焔の赤い瞳と同じ色が、少しずつ広がっていく。




