第10章 赤い瞳の約束
一年後の春。楓は小さな個展を開いていた。
会場は東京の小さなギャラリー。
壁に並ぶのは、すべて赤い瞳の青年が登場する絵。
九尾の狐が寄り添う風景、朝のベッド、川辺のスケッチ、雨上がりの虹……。来場者は少ないが、一人ひとりが絵の前に立ち、静かに微笑んでいる。楓は黒いワンピース姿で、入口近くに立っていた。
左手首の紋章は、今もかすかに赤く光る。
触れるたび、胸の奥から温かい声が響く。
「楓……よくやったな」楓は小さく微笑んだ。
「ありがとう、焔。
みんな、絵を見てくれてるよ」
個展のタイトルは『赤い瞳が教えてくれた』
副題は『空白だった心に、君の温もり』
最後の絵の前で、楓は立ち止まった。
それは、朱の鳥居の下で寄り添う二人の姿。
青年の赤い瞳が、優しく楓を見つめている。来場者の一人が、楓に近づいてきた。
年配の女性だった。
「この絵……とても温かいですね。
描いた方は、きっと大切な人を想っているのでしょう」
楓は頷き、静かに答えた。
「はい。今も、ずっとそばにいてくれている人です」
女性は微笑んで去っていった。会場が閉まる頃、楓は一人残った。
照明を落とし、絵の前に座る。
スケッチブックを開き、最後のページに小さな赤い瞳を描き足した。
「……焔。今日は、たくさん褒められたよ」
部屋に、誰もいないはずなのに、優しい風が吹く。
銀髪の幻影が現れ、赤い瞳が楓を包むように微笑む。
「俺も……誇らしい。お前の心は、もう空白じゃない。
色とりどりの灯火で満ちている」
楓は涙をこぼしながら笑った。
「これからも、一緒に描いていこうね。
新しい絵を、たくさん」赤い瞳の幻影が、そっと頷く。
「約束だ。永遠に、相棒」楓はスケッチブックを胸に抱き、窓の外を見た。
夜空に、星が瞬いている。
その一つが、赤く輝いているように見えた。空白だった心は、今は温もりで溢れていた。
そして、その温もりの中心には、いつも――焔がいた。これからも、二人の静かな日々は続く。
赤い瞳が教えてくれた、永遠の灯火のように。




