■第2章「夢の島」:二話(名前で呼ばれる日々)
金鉱の稼働が本格化すると、島の人口は急に増えた。
港に着く船の数が増え、荷の種類が増え、桟橋の上を歩く足音が増えた。
それでもしばらくの間、島では人々は互いの顔と名前を覚えていた。
覚えることが礼儀ではなく、生活に必要だったからだ。
港に新しい船が着くたび、誰が来たのか、どこに配属されたのかが自然と共有される。
噂話ではない。
生活に必要な情報として、名前は行き渡った。
誰が坑道へ入るのか。
誰が倉庫を回すのか。
誰が夜の見回りに出るのか。
名前が分かれば、順番が決まる。
順番が決まれば、迷わない。
迷わなければ、島は回る。
坑道に入る鉱夫は、番号ではなく名前で呼ばれた。
「佐吉、今日は南の坑だ」
「源蔵、昨日の続き頼むぞ」
声は短い。
命令口調でもない。
だがそこに疑問は挟まらなかった。
呼ばれた者は頷き、呼んだ者は次の名前を探す。
名前で呼ぶことは、効率が悪い。
時間がかかるし、覚える手間もある。
それでも島では、誰もその非効率を問題にしなかった。
問題にしないのは、問題にならなかったからだ。
名前で呼べば、責任の所在が自然に立つ。
立てば、助ける順番も自然に立つ。
坑道で何かが起きたとき、呼ばれるのは役職ではなく人だった。
「久一、縄を持て」
「芳江、灯りを」
呼ばれると、人は動く。
動くのは命令に従うからではない。
呼ばれたことが、自分がここにいる証拠だからだ。
酒場の女将は、島に来たばかりの若者の名をすぐに覚えた。
何度も呼び、何度も間違え、最後に正しい音だけが残る。
「違うよ、俺は――」
「はいはい、分かった。あんたは――だね」
呼ばれるたび、若者はこの島に居場所を得ていった。
居場所は家ではなく、返事が返る場所だった。
返事が返る場所に、人は根を下ろす。
学校でも同じだった。
教師は一人一人の癖を知っていた。
字の癖。
声の大きさ。
黙るタイミング。
成績より先に、名前が出てくる。
「――、その字は好きだ」
「――、今日は声が小さい」
名前を伴う言葉は逃げ場がない。
逃げ場がないから、人は自分で直す。
合理的だから守るのではない。
呼ばれるから直す。
呼ばれる島では、規則が少なくても秩序が残る。
夕方、金栄座の裏口では、役者たちが子どもに声をかけられていた。
「おじさん、今日も死ぬの?」
「今日は死なない。代わりに泣く」
笑いが起きる。
子どもは役者の名前を覚え、役者は子どもの名を聞き返す。
聞き返すのは芝居の外側の言葉だ。
外側の言葉がある場所は、仮の場所ではない。
金栄座は島の中心だった。
娯楽の中心であり、集会所であり、
何より「ここに集まる理由」を作る場所だった。
理由がある夜は、人を長生きさせる。
長生きする人が増えると、島は続くと思える。
だが、潮が温くなるころから、少しずつ変わった。
呼び間違いが増えた。
知らない顔が増えた。
「誰だっけ」と笑って済ませられる回数が増えた。
笑って済ませられるうちは、まだ幸福に見える。
幸福に見えるものほど、修正は遅れる。
港で荷を運ぶ若者が、別の若者に声をかけた。
「おい、新しい方、こっち」
呼び方が便利だった。
便利な呼び方は、誰も傷つけない。
傷つけないから、止めにくい。
酒場でも同じだった。
「いつもの」だけで通じる客が減った。
代わりに、「あの席の人」「青い作業服の人」が増えた。
言い方は丁寧だった。
丁寧な言い方は、乱暴に聞こえない。
乱暴に聞こえないまま、名前の出番が減る。
「ここの人は、みんな親切だな」
島外の人間がそう言うことが増えた。
親切、という言葉は便利だった。
便利な言葉は意味を運ぶ。
親切=扱いやすい。
把握しやすい。
従順。
言い換えは静かに進む。
その頃、坑道では小さな事故が続いた。
重大ではない。
擦り傷。
工具の置き忘れ。
交代の行き違い。
誰も悪くない。
ただ、人が増えた。
人が増えると、返事が遅れる。
返事が遅れると、段取りが先に走る。
港に貼り紙が出たのは、坑道の湯気が白くなる季節だった。
紙は新しく、角はきっちり揃い、墨の字が読みやすい。
「作業割当の簡略化について」
人数が増えたため、暫定的に番号を併用する。
仮の措置。効率化のため。混乱防止。安全確保。
丁寧で正しい言葉が並んでいた。
正しい言葉は、反対の入口を塞ぐ。
誰も反対しなかった。
名前が消えたわけではない。
ただ補助として番号が付いただけだ。
島の人々はそれを「進歩」だと受け取った。
貼り紙の前で、誰かが笑った。
「覚えなくていいのは楽だな」
笑いは軽かった。
軽い笑いほど、後から刃になる。
楽だと思った瞬間、戻る理由が一つ減る。
戻る理由が減るほど、変化は“正しい方”へ傾く。
番号は、誰も責めない。
番号は、誰も間違えない。
間違えないものは、安心を連れてくる。
安心は、問いを眠らせる。
眠った問いの場所に、次の手順が入ってくる。
高島は古い名簿を見つけたとき、そのことを強く感じた。
鉱夫名簿。
教師名簿。
劇場の出演者一覧。
整然としているが、分類は粗い。
効率を考えれば、もっと整理できる。
職種ごと。
年齢ごと。
技能ごと。
そう分ければ管理は容易になる。
だが、そうはなっていない。
管理する必要がなかった。
名前で呼べば十分だった。
高島は名簿のページを一枚ずつ並べた。
角を揃え、順番を整える。
整えながら、頭の中で言葉が勝手に並ぶ。
把握。
分類。
段取り。
安全。
合理。
そう考えてしまう自分が、少しだけ嫌だった。
嫌だと思いながら、手は止まらない。
揃えることで島の輪郭が明確になる。
明確になれば理解できる。
理解できれば扱える。
扱える、という言葉が口の中で冷たかった。
当時、島には簡単な決まりがいくつかあった。
祭りの日程。
坑道の交代時間。
酒場の閉店時刻。
決まりは少ない。
だが守られていた。
守られていた理由は「正しいから」ではない。
破れば、誰かの名前が呼ばれるからだ。
「おい、――、それは違うだろ」
名前で呼ばれる注意は逃げ場がない。
逃げ場がないから、人は自分で修正する。
島の幸福は、非合理の上に成り立っている。
だからこそ、美しい。
そして同時に、だからこそ危うい。
高島は貼り紙の写しを資料の一番上に置いた。
角を揃え、他の資料と重ねる。
そして、こう書き添えた。
――ここから、変わる。
その頃、金栄座の楽屋で、役者の一人が言ったという。
「名前、呼ばれなくなったな」
冗談のような声だった。
笑いも起きた。
笑いが起きたことが、この変更の勝ち方だった。
――次に削られるのは、名前ではなく、“名前を呼ぶ癖”だった。




