タイトル未定2025/11/19 07:48
業務を終えた亮は、水田と一緒に行ったbarジェシカの前に立っていた。
店のドアを開けることがなかなかできず、立ち尽くしていた。
……私は、携帯を取りに来ただけよ……。
そう自分に言い聞かせ、店のドアを開けようとしたときだった。
突然店のドアが開き、店の中から男女の客が出てきた。
驚いた亮は、思わず後ずさった。
男女の客は気を利かせ、閉まろうとするドアを支えていた。
軽く頭を下げ、亮は意を決して店の中へ入って行った。
店の中は、初めて入った時と変わらずほの暗くて、落ち着く雰囲気だった。
「いっらしゃいませ」
カウンターの中にいたマスターが亮に気がつき、棚の引き出しから亮の携帯を出した。
亮の顔を見ただけで携帯を出すマスターに、亮は嬉しくなった。
……私のこと、覚えてくれていたんだ。
マスターは、亮に携帯を手渡した。
「ありがとうございます」
携帯を受け取った亮は、バックにしまった。
「食事はお済みですか?」
「いえ、まだです」
「よかったら、いかがですか」
マスターは、亮をカウンター席に勧めた。
亮が椅子に座ると、マスターはメニュー表を亮に渡した。
メニュー表を眺めると、barなのに料理が豊富だった。
亮はゆっくりメニューを眺め、悩んだ末ありきたりのカレーとカクテルをオーダーした。
マスターは奥の厨房に入って行った。
厨房から戻ってきたマスターは、亮がオーダーしたカクテルを作り始めた。
程なくしてカクテルが亮の眼の前に置かれ、亮はゆっくりカクテルを飲んだ。
カクテルを飲んだ亮はグラスを置くと、静かに長く息をついた。
そんな亮をマスターは、やさしく見つめていた。
マスターに見つめられ、亮は照れながら言った。
「社長は良い方なんですけど、強引なところがあって少し疲れます。このカクテルで、癒されます」
「お疲れ様です。あの日社長さんは、大丈夫でしたか?ふらついていましたけど」
「大丈夫です。今朝も、ちゃんと出社をしました」
「北神さんが秘書なら、社長さんは安心して仕事ができるでしょう」
……私の名前を、覚えていたんだ。
亮は、頬を染めた。
マスターは、カウンターの中にある流し台で使用済みのグラスや皿を洗い出した。
ゆっくりカクテルを飲みながら、亮はマスターをそっと見つめていた。
「お待たせしました」
その声で、亮は我に返った。
奥の厨房から六十代の婦人が、亮がオーダーしたカレーを運んできて、カレーを亮の目の前に置いた。
「ごゆっくりどうぞ」
婦人は、厨房へ戻って行った。
カレーは、大振りな肉や野菜がゴロゴロ入っていた。
甘さの中に、程よいスパイシーな風味が口の中に広がる。
思わず亮は、声を上げた。
「……美味しい」
夢中になってカレーを食べる亮を、マスターはやさしく微笑んだ。




