タイトル未定2025/11/19 08:34
秘書室の昼休みの休憩室。
秘書数人が、昼食をとっていた。
その中に、ファッション雑誌を広げながらお弁当を食べている秘書もいた。
……なんだか女子高生と、変わらないわね……。
そんなことを感じながら、亮は若菜の友人白田流花を思い出していた。
マスターは、流花をじっと見つめていた。
誰にでも同じように接していたマスターが、初めて見せた顔だった。
亮に、不安が広がる。
ふと、動かしていた箸を止め、マスターを思い出す。
……会いたいな……。
ちはるたちと、マスターの店に行った日から数日が経っていた。
何気なく、同僚たちをながめる。
同僚たちは、恋バナで盛り上がっていた。
そこには、仕事中のてきぱきした態度はみじんもない。
そんな彼女たちをみつめて、今夜barジェシカに行こうと思うのだった。
休憩が終わった後の午後の業務は、長く感じた。
やっと業務時間を終えた亮は、急いで帰り仕度をした。
誰よりも早く秘書室の部屋を出て行く亮に、同僚たちは目を丸くした。
いつもなら、店に行くのにちゅうちょをする亮だが、不思議と迷いはなかった。
……マスターに、会いたい……。
そんな気持ちで、いっぱいだった。
騒々しい繁華街が、今夜は自分をやさしく包み込む。
ずっと男っ気のない亮は、異性の前に出ると凄く緊張して、何も話せなくなる。
これが仕事だと、問題ないのに。
職場の昼休みを思い出した亮は、思わず小さく笑った。
昼休みの同僚たちの恋バナが、良い刺激になったのかもしれない。
やがて、barジェシカ着いた。
軽く息を吐く。
それは、心地が良い緊張感だった。
ゆっくりと店のドアを開けると、ドアについている鐘の音と共にマスターの声が聞こえた。
「いらっしゃいませ」
亮はマスターを目指して、カウンター席まで歩く。
「今夜は、お独りですか?」
「はい」
返事をしながら、亮はカウンター席の椅子にゆっくり腰かけた。
カウンター席に落ち着いた亮はカクテルとクラブサンドをオーダーした。
亮は、初めて店に来た時のことを振り返っていた。
あの頃に比べたら、マスターと少しずつ距離が縮まった気がする。
でも気がするだけだで、実際のところは何一つ縮まっていない。
……私はマスターのことを、何も知らない。マスターの名前は?何処に住んでいるの?彼女は?知るのは怖いけど、マスターのことを知りたい……。
「お待たせしました」
マスターの声で亮は我に返り、グラスにそっと口をつけた。
食事を終えた亮は、仕事に没頭しているマスターをみつめた。
マスターは、自分に見向きもしなかった。
亮の中で、抑え込んでいたものが突然浮かび上がって来た。
……マスターは、白田さんのことをみつめていた。何故?……。
これまでにない嫉妬が、亮に芽生えた。
……どうして、白田さんをみつめていたの?知りたい!マスターのことなら、どんな小さなことでも!……。
「マスター!!」
いつもより大きな声で、亮はマスターを呼んだ。
少し驚いた表情で、マスターは亮をみつめた。 亮は、カクテルをオーダーした。
アルコールにあまり強くない亮は、二杯めのカクテルを飲みほした時には顔が火照り少しクラクラしていた。
「マスター」
カウンターの中で、グラスを磨いているマスターに亮は声をかけた。
マスターは、黙ったまま顔を上げた。
「マスターって、なんて名前ですか?」
亮の問いに、マスターは答えた。
「マスター。それで、良いじゃないですか」
「秘密ですか?じゃあ、年齢は?」
「ご想像に、お任せします」
少しだけ笑いながら、マスターは言った。
「何処に住んでいるんですか?」
「この店には、住んでいません」
「そんなこと、わかっているわよぉ」
声を出して、笑いながら亮は続けた。
「彼女は、いるんですか?」
「北神さん、酔っていますね」
「酔ってるわよ、飲んでいるんだから。マスター、もう一杯!」
「……オーダーストップです。北神さん、大丈夫ですか?」
「どうして、白田さんをみつめていたんですか?」
「見つめていた?ボクが?」
「とぼけないでください。マスターは、白田さんを見つめていました」
しばらく黙っていたマスターは、思い出したように言った。
「あぁ、あれは知り合いに似ていたので、つい見入ってしまったんですよ」
そう言ったマスターは、カウンターの中で黙々とグラスを磨いた。




