タイトル未定2025/11/19 08:17
カクテルを飲み、オーダーした料理を食べ、ちはるはごきげんだった。
「ぱっつ~ん!マスターは良い男だし、カクテルも料理も美味しいし、もぉサイコー!」
「はぁ……」
当のマスターは、テーブル席の客の相手をしていた。
「友光さん」
「な~に?」
「どうして、この店に行きたいと言いだしたの?」
「ぱっつんが、独りでこの店から出てきたでしょ。珍しいから、興味持って。それに……」
「それに?」
「遠目から見ても、マスターがかっこよかったから」
「マスター目当てだったんですね」
「なによ。あんただってそうなんでしょ」
「私は……」
「ここまで来て、澄ましているんじゃないわよ。素直になりな」
亮は、黙り込んでしまった。
「ちょっと、トイレ」
ちはるは小さな声で亮に言うと、滑るようにカウンター席のイスから降り、ふらふらと歩き出した。
テーブル席にいたマスターに、ちはるはおもいきりぶつかった。
マスターは、ちはるが床に倒れる前にちはるを支えた。
「大丈夫ですか!」
ちはるは甘えるようにマスターにしがみつき、流し目をして言った。
「ごめんなさい」
「気をつけてください。歩けますか?」
やっと顔をあげたちはるは、マスターをみつめにっこり笑い、先程とは打って変わって、ちゃんとした足取りでトイレに向かった。
ちはるから解放されたマスターは、カウンターに戻った。
「すみません」
われ知らずに、亮はマスターに謝っていた。
「北神さんが、気にすることありませんよ」
「はぁ……」
恥ずかしそうに下を向く亮にマスターは、何かを言いかけようとして、ためらっていた。
亮は、そのことに気がついた。
「どうかしましたか?」
「いえ……」
そう言って、グラスを拭きだしたマスターだったが、その手はすぐ止まり、亮に声をかけた。
「あの……」
「は、はい」
「あの……ぱっつんって、なんですか?」
思いきって聞くマスターの言葉に、亮は真っ赤になった。
マスターは、すぐさま謝った。
「すみません!」
「いえ……私の前髪が、まゆげより上に一直線でばっさりだから……陰口です」
「そんな……でもどうして、そんな前髪に?」
「前髪切ったら失敗しちゃって、不器用だから」
「そうだったんですか。ボクは、可愛いと思いますよ」
恥ずかしさのあまり、亮はマスターを直視できないでいた。
入口が開いた相図の鐘が鳴り、マスターは声をかけた。
「いらっしゃいませ」
ちょうどトイレから出てきたちはるは、店に入ってきた馬場と赤井と鉢合せをして、大きな声をあげた。
「あ~?なんで馬場と赤井が、此処に居るのよ!」
「友光~こんなとこで会うなんて、偶然だなぁ!おや~北神ちゃんも一緒?こりゃ、めずらしい!」
芝居かかかった声で言った馬場がカウンター席に座ると、赤井は馬場の隣の席に座った。
カウンター席に、赤井と馬場とちはると亮の四人が並んだ。
当然、ちはるは面白くない。
ちはるは、隣に座っている馬場に言った。
「アタシに、土曜日何処で誰と会うのか、しつこく聞いたわよね。まさか、此処に来るなんて」
「そうだっけ?」
「一杯飲んだら、さっさと帰ってよね!」
端に座っていた赤井が、いつの間にかマスターからメニューをもらい、馬場にメニューを見せながら大きな声で言った。
「腹減った~馬場さん!これ美味しそうですよ!あっ、これも!」
「わかった、わかった。大きな声出すな!好きなの頼め」
「まじっすか!」
赤井は、嬉しそうに注文をした。
「赤井の食欲は、友光だって知っているだろ。しばらくは、帰れないよ」
ちはるは、大きなため息をついたのだった。
酒を飲み、料理もたらふく食べ、すっかりご満悦の赤井。
となりでは、金額はいくらかしら?と、青くなっている馬場。
ちはるは突然の馬場と赤井の出現に、面白くなさそうにカクテルを飲む。
目の前でシェイカーを振ったり、グラスを磨くマスターをちら見してはうつむく亮。
こんな客たちも、珍しいだろう。
カクテルを飲んでいたちはるは、突然マスターに言った。
「マスター、私と隣のこのゴリラとちっこいのは、同じ職場なんですの」
「同じ……営業部でしたよね」
「そっ、同じ営業部のゴリラとちび」
ゴリラは馬場で、ちっこいのは赤井のことだ。
さすがに、男ふたりは黙っていない。
重なり合うように、不協和音が鳴り響く。
「だ~れが、ゴリラだって?俺は、馬場だぁ!」
「ちび扱いしないで下さい!ちはるさんよりは、大きい赤井です!」
さりげなく自分の名前を言うので、マスターは思わず吹き出しそうになる。
そんなマスターを、ちはるは見逃さない。
「マスターったら、か~わいい!」
馬場の顔が、一瞬にして蒼白になった。
「友光!帰るぞ!」
「帰れば~」
素知らぬ顔をして、ちはるが言った。
「すみませ~ん!もういっぱい、同じのおかわり~」
赤井の声に、またもや馬場は罵声を上げた。
「てめ~何、調子こいているんだよ!」
「ケチケチすんじゃねえよ~」
「おま……誰に向かって、そんなことを言っているんだ!」
「馬場に、決まってんだろ~!」
完全にイッチャッている赤井に、馬場は開いた口が塞がらず、ちはるは声をたてて笑った。
「すみません、マスター。お酒飲むと、このふたりったらいつもこ~なの~」
それをきっかけに、ちはると馬場と赤井の三人が大声で騒ぎだし、亮は顔を赤くしながらマスターに謝った。
「騒がしくして、すみません」
「構いませんよ」
マスターが嫌な顔もせず言ったところで、新しい客が入ってきたことを告げるドアの鐘がなった。




