タイトル未定2025/11/18 08:44
夜の十一時を過ぎたと言うのに、繁華街は人々であふれていた。
その中を、大手菓子メーカー水田グループ代表取締役の水田と、女性秘書の北神亮は、仕事を無事に終え歩いていた。
水田は菓子業界で有名な人物で体格が良く、とても五十代には見えなかった。
隣を歩く女性秘書の北神亮は、中肉中背ですらっとした女性だ。
前髪を短くさっぱりと切ったショートヘアに、銀縁眼鏡は有能秘書にふさわしい。
事実、亮は水田も一目おくほどの有能秘書だった。
「すっかり、遅くなってしまったな。引っ張りまわして、すまなかった。ゆっくり、酒でも飲もう」
そう言った水田は、亮の気持ちを聞かないままどんどん歩いた。
亮は何も言わず、水田の後についていった。
繁華街をあるき続けていると、初めて見る店があった。
看板には、「barジェシカ」と書いてあった。
表から見てもわかるように、barは静かな雰囲気を醸し出していた。
「なかなか、いい感じの店だな。此処に入ろう」
そう言った水田は、barのドアを開けた。
ドアを開けると、カランと静かな鐘の音が鳴った。
オレンジ色の明かりが灯る薄暗い店内は、カウンター席とテーブル席が四席あった。
テーブル席には、数人の客たちがいた。
「いらっしゃいませ、お好きな席へどうぞ」
カウンターの中にいるマスターが、心地の良い声で水田と亮を迎た。
水田はカウンター席へ行き、カウンター席のイスをひいた。
亮は、無言のまま水田の隣に座った。
「北神君は、お酒はあまり強くないんだよな」
水田の言葉を聞いたマスターは言った。
「アルコールは少なめで、オレンジを使ったカクテルはいかがでしょうか」
「お願いします」
亮は、軽く頭を下げた。
「私は、ビールを」
「かしこまりました」
マスターが亮のカクテルを作り始めると、水田が店内を見回しながら亮に言った。
「なかなか良い店だな」
「落ち着きますわ」
店内では、テーブル席の客たちがお酒を飲みながら食事を楽しんでいた。
「お待たせいたしました」
「まぁ……綺麗……」
カクテルを見て、亮は思わずため息を漏らした。
水田は亮の方を向くと、グラスを軽く持ち上げた。
「乾杯」
水田はゆっくりとビールを飲み、思わず感激の声をあげた。
「あぁ、うまい。店内の雰囲気が良くて、居心地が良いなぁ」
「ありがとうございます」
マスターは、軽く頭を下げた。
水田とカウンターの中のマスターが会話をしている間、亮はカクテルを飲みながらマスターをみつめていた。
長身ですらっとしていて、少年のような瞳が年齢不詳にしていた。
「マスター、今度はハイボールをもらおうかな」
「かしこまりました」
マスターがハイボールを作り始めた。
水田は、亮のグラスを眺めた。
「グラスが、空じゃないか。北神君も、頼みなさい」
「いえ、私は」
「遠慮なんか、しなくてもいい。マスター北神君に、さっきと同じものを」
「かしこまりました」
苦笑いをしながら、マスターは言った。
しばらくするとハイボールとカクテルが水田と亮の前に差し出され、水田は早くもジョッキに口をつけた。
すっかり気分が良くなった水田は、マスターに名刺を渡していた。
水田から名刺を渡され、名刺を眺めた後、少し驚いた声で言った。
「……水田メーカーの……社長さん」
「な~に。代々継いで、社長業をしているだけだけですよ」
水田は、二杯目のハイボールをおかわりした。
二杯目のハイボールを飲みながら、水田は言った。
「こんなに良い店と、マスターに巡り会えたんだ。是非ごひいきにさせてください」
「ありがとうございます」
水田とマスターの間に、亮が割って入った。
「社長、そろそろ行きましょう」
「まだ、いいじゃないか」
「気に入ったお店なら、醜態をさらす前に帰りましょう」
「そうだな。せっかく、いい店を見つけたからな。マスター会計」
水田が会計をしている間、亮はバックから携帯を出してタクシーを呼んだ。
やがてタクシーが来て、亮はふらついて歩く水田とタクシーに乗り、barジェシカを後にした。
水田と亮が店を出た後、マスターはふたりが座っていた場所の拭き掃除をした。
亮が座っていた場所に携帯が落ちていた。
携帯に気がついたマスターは、亮の携帯を拾い上げた。




