無限図書館
本に使用されている紙の独特な匂いがした。
古い匂い、新しい匂いが混在している。
懐かしいような、不思議な場所に来てしまったような気がした。
どこまでも、どこまでも本棚が続いている。
背表紙は色とりどりで、見上げれば霞んだ天井の奥まで、果てのない空間に積み重なっていた。
「ここはどこだろう……」
思わず声に出したとき、背後から落ち着いた声が響いた。
「迷子にならないように、あまり奥まで行ってはいけません」
振り返ると、そこに立っていたのは背広を着た中年のおじさんだった。
少し古びた帽子を目深にかぶり、落ち着いた灰色の瞳でこちらを見つめている。
「あなたは……誰ですか?」
思わず問いかけると、おじさんはやわらかく微笑んだ。
「私はこの無限図書館の館長です。
ここは、訪れた者が探し求める答えを映し出す場所。
そしてあなたは――進むべき道を迷っているようですね」
女子高生は胸の奥を見透かされたようで、驚いて言葉を失った。
館長は片手をゆっくりと上げた。
すると、空気が震え、本棚の間から一冊の分厚い本がすうっと浮かび上がった。
「これは――司書の本」
館長の声とともに、本は目の前でぱらぱらとページをめくりはじめる。
光が漏れ、やがてその中から人影が現れた。
丸眼鏡をかけた女性の司書だった。手には山積みのカードと蔵書票を抱えている。
「ようこそ。私はこの図書館の司書です」
そう言うと、女性は苦笑を浮かべながら肩をすくめた。
「夢に見たような仕事だと思うでしょう? でも実際は、蔵書整理で一日が終わってしまうんです」
女子高生は目を丸くして聞き入り、そして小さくつぶやいた。
「それでも……こんな図書館で働けたら、素敵だな」
その瞬間、図書館全体がふっと揺らいだ。
気づけば女子高生は学校の図書室の机に突っ伏していた。
目の前には、いつのまにか一冊の本が開かれている。
『図書館司書入門』――タイトルを見て、彼女は息をのんだ。
窓の外では放課後の光が傾いている。
夢だったのか現実だったのか、確かめようもない。
けれど彼女の胸の奥には、確かに新しい憧れが芽生えていた。
「いつか、本当にこんな図書館で働けたら……」
彼女はそっと本のページに手を触れた。