第五章:双魂の鏡と迫る選択
1. 自宅での葛藤
文化祭のあった日の夜、神奈川県の海沿いの町は静まり返っている。ユキ(悠斗)は自宅の部屋でベッドに寝転がり、天井を見つめる。白雪姫のドレスとは打って変わって、リラックスした部屋着のスウェットに着替えているが、頭の中はまだ文化祭の喧騒でいっぱいだ。キスシーンの亮太の囁き、彩花の涙ながらの告白、校門での亮太の言葉がぐるぐる回る。
「今日は目まぐるしい一日だったな…。それにしても、ボクがユキになってから結構経つけど、そもそも鏡の試練とかいうのが何なのかもよく分からないし…いつになったら元の姿に戻れるんだろ…」
ユキは独白し、枕に顔をうずめる。鏡の前で見たセリカの警告、「時間は迫っている」という言葉が胸に重く響く。
(彩花は悠斗のことが好きで…亮太はユキのことが好きって…。ボク、どうすればいいんだよ! ユキも悠斗も、ボクなのに…!)
ユキはベッドから跳ね起き、決意する。
「明日、おばあちゃんの家に行って、鏡のこと、ちゃんと聞いてみよう。もう、逃げられない…」
2. 澄子の家での真実
翌朝、ユキは祖母・澄子の家へ向かう。海の見える古い一軒家、庭には色とりどりの花が咲き、玄関には風鈴がチリンと鳴る。澄子はユキを見て、ニコリと微笑む。
「あら、ユキちゃん。もう女の子の生活には慣れた?」
ユキは「うん、ちょっとは…。って、それよりおばあちゃん! あの鏡って一体何なの!? いつになったらボク、悠斗の姿に戻れるの!?」と詰め寄る。
澄子は「まぁまぁ、落ち着いて。お茶でも飲む?」とユキを居間に招く。テーブルに緑茶と和菓子を出しながら、澄子は穏やかに話し始める。
「あの鏡はね、『双魂の鏡』って言うのよ。アンティークの全身鏡で、木製の枠には蔦や花の彫刻があって、ちょっと曇った鏡面が不思議な光を放つ。枠の裏には、古代の文字が刻まれてるけど、誰も読めないの」
ユキは目を丸くする。「双魂の鏡…? 誰が、何のために作ったの…?」
澄子は続ける。「数百年前、中世の魔法使いセリカが作った魔法の遺物よ。セリカは、性別や社会の役割に縛られた人々を解放したかった。だから、魂の『もう一つの可能性』を映す鏡を作ったの。でも、セリカが死んだ後、鏡は呪いだと誤解されて封印されたのよ」
ユキは「呪い…!? ボク、呪われてるの!?」と焦るが、澄子は笑う。
「呪いじゃないわ。鏡はね、使う人の『本当の望み』を試す試練なの。鏡に触れた人は、別の性別の姿に変わる。あなたの場合、悠斗からユキへ…。肉体だけじゃなく、声や仕草、時には周りの認識まで変わる。学校でユキとして受け入れられてるでしょ? でも、親しい人…例えば彩花ちゃん…は違和感を感じるの」
ユキは「確かに…彩花、ボクのこと、悠斗だって気づいてた…」と呟く。
澄子は頷き、「鏡の力は『魂の均衡』を保つために、一定期間ごとに変身を繰り返すか、一つの姿を選ばなきゃいけない。選ばないと、鏡が心を飲み込んで、元の姿に戻れなくなる…過去には、精神崩壊した人や、鏡の世界に閉じ込められて姿を消した人もいたわ…」
ユキはゴクリと唾を飲み、「それ…めっちゃ怖いよ…!」と震える。
澄子はさらに続ける。「セリカ自身、男性として生まれながら女性の心を持っていた。恋した男性がいたけど、彼はセリカを愛さなかった。セリカは鏡で美しい女性に変身したけど、それでも愛されず、絶望して彼を殺し、自分も命を絶った…。鏡には、そのセリカの魂が今も宿ってるって言われてるの」
ユキは震えながら、「じゃあ、ボクも…そんな風になる!?」と青ざめる。
澄子は優しく微笑む。「そんなことないわ。鏡は愛を試すものよ。過去には、鏡で自由を得た人もいる。大切なのは、自分の心を受け入れること。悠斗の気弱さも、ユキの輝きも、どっちもあなたなのよ」
ユキは「でも、なんでおばあちゃんがそんな鏡持ってるの?」と尋ねる。
澄子は笑う。「私は若い頃、占い師だったの。開運アイテムや不思議な骨董品を世界中から集めてた。あの鏡も、その一つだったのよ。でも、まさか孫が試練に巻き込まれるとはね!」
ユキは俯き、「じゃあ、ボク、これからどうすれば…?」と呟く。
澄子は穏やかに言う。「それはあなたにしか決められない。でも、悠斗もユキも、どっちも本物のあなた。自分の心を見つめ直して、答えを出してごらん?」
ユキは小さく頷く。「うん…もう少し考えてみる。ありがとう、おばあちゃん。それと、あの鏡、もう一度見てみたいんだけど…」
澄子は「気をつけてね」と微笑み、ユキを屋根裏に案内する。
3. 双魂の鏡との対峙
澄子の家の屋根裏は、埃っぽく薄暗い。中央に立つ双魂の鏡は、重厚な木枠に蔦と花の彫刻が施され、鏡面は曇って微かに光る。ユキは恐る恐る鏡に近づき、指で触れる。瞬間、鏡面が揺らぎ、セリカの声が響く。
「どちらを選んでも、汝の心が本物なら、鏡は汝を導く…」
ユキは「この声は…!?」と驚く。鏡には、ユキの姿と悠斗の姿が交互に映り、セリカの声が続ける。
「時間は迫っている。心が定まらなければ、鏡は汝を飲み込む…」
ユキは「ボク…どっちを選べばいいの!?」と叫ぶが、声は消え、鏡は元の曇った状態に戻る。ユキは胸を押さえ、(彩花の涙、亮太の言葉…ボク、どうすれば…。どっちも失いたくないのに…!)と混乱する。屋根裏を後にし、自宅への帰路につく。
4. 揺れる心
自宅の部屋に戻ったユキは、ベッドに座り、窓から見える海を眺める。文化祭のキスシーン、彩花の告白、亮太の言葉が頭を巡る。
「悠斗とユキ…どっちもボクだけど、悠斗としての気弱な自分と、ユキとして文化祭で輝いた自分…。ボク、どっちを選べばいいの…?」
ユキは幼少期の彩花との約束を思い出す。「結婚しようね」と笑った彩花の笑顔。亮太の「きれいだよ」と囁いた真剣な目。玲の「輝いて!」という応援。すべてが心に重くのしかかる。
(セリカさんの警告、めっちゃ怖かった…。鏡に飲み込まれるって、どういうこと? ボク、ちゃんと自分を受け入れられるかな…?)
ユキはベッドに倒れ込み、目を閉じる。選択の時は近づいている…。(つづく)