番外編:ユキの日常と非日常
これはまだ、ユキがいた頃の物語。
1.女子トイレの静かな葛藤
昼休み、神奈川県のユキが通う学校の女子トイレ。ピンクと白を基調とした清潔な空間に、花の香りの芳香剤が漂う。
双魂の鏡によって女の子の姿になった内田悠斗(17歳)は、朝から我慢していた「その時」を迎え、意を決してトイレに足を踏み入れる。だが、心は嵐のようにざわつく。
(ボク…ここで、いいんだよね? 今は女の子なんだから…でも、なんか、間違ってる気がする…)
ユキは鏡に映る自分の姿—セーラー服に揺れる長い髪、微かに光るリップ—を見つめ、胸の鼓動を抑える。洗面所の鏡の前では、女子生徒たちが化粧直しや髪を整えながら賑やかに話している。
「ね、昨日ネットで見たアイシャドウ、めっちゃ可愛いよね!」
「あのツヤ肌、絶対高いスキンケア使ってるよ!」」
キラキラした会話が響き、まるで別世界のよう。ユキは圧倒され、そそくさと個室に駆け込む。ドアを閉め、ホッと息をつくが、隣の洗面所から聞こえる声のせいで落ち着けない。
「ねぇ、同じクラスのユキちゃん、めっちゃ可愛いのに、なんか…応援したくなるよね!」
「うん、モジモジしてるピュアな感じ、ヤバいよね?ドキッとする!」
ユキの心臓が跳ねる。
(ボクの話!? こんなとこで…! 集中できないよ…!)
緊張で手が震え、なんとか用を済ませるが、洗面所に出る勇気が出ない。
意を決して個室から出ると、女子生徒たちがまだ話している。ユキは小さな声で呟く。「あの…すみません。ちょっと…手、洗わせてください…」
女子生徒が振り返り「あ、ユキちゃん! トイレで会うの、なんか新鮮!」と笑う。
もう一人の女子生徒が「ユキちゃん、どんなシャンプー使ってるの? 髪、サラサラすぎ!」と目を輝かせる。
ユキは顔を赤らめ、「え、普通の…。って、それはいいから、ちょっと…!」と呟く。女子生徒たちがキャッキャと笑いながら少しスペースを空ける。ユキは慌てて手を洗う。
鏡に映る自分の赤い顔に、(なんでこんなキラキラした空間にいるんだ、ボク…!)と混乱。
急いでトイレを後にするが、背後から「ユキちゃん、またね~!」という声が聞こえてくる。ユキは廊下を歩きながら内心で呟く。「女子トイレ…もう使いたくない…でも、他に選択肢ないんだよな…」
心に小さな波紋が広がる。
(この姿のボク…ここにいていいんだよね?)
2.着替えのざわめき
午後の体育の時間、2年A組の教室。女子生徒たちが制服を脱ぎ、体育着に着替えている。ユキは教室の隅でジャージの入ったバッグを握りしめ、完全に固まる。
目の前では、女の子たちがブレザーを脱ぎ、ブラジャーやパンティ姿で準備中。笑い声と楽しげな会話が響く。
(見ちゃダメだ…! でも、ボクも女の子…だよね? なんでこんな、ドキドキするんだ…!)
そこに、星野玲が現れる。ピンクのレース付きブラジャーとパンティ姿で、明るく振る舞う彼女は、ユキにグイッと近づく。
「ね、ユキちゃん! なに隠してるの~? もっと堂々としなよ~!」
玲はニヤニヤしながら、ユキの腕をつかみ、わざと体を密着させてくる。彼女の肩や腕が触れ、甘い香水の匂いにユキの心臓はバクバク加速する。
「うわ、玲、近すぎ! ってか、なんでそんなに女子の中で馴染んでるの!?」と叫ぶが、玲はイタズラっぽく笑う。
「え~、私、いつもこうだよ? ほら、ユキちゃんも早く着替えて!」
玲がユキのシャツを引っ張ると、ユキは慌てて後ずさり。
「や、やめて! ボク、隅で着替えるから!」
(なんでこんなに気になるの…? 男の裸なのに…! いや、でも、この見た目、完全に女の子じゃん! 脳がバグるって!)
そこに、桜木彩花が現れる。サバサバした性格の彩花が語りかける。
「ユキ、なにモジモジしてるの? 女同士でしょ?堂々としなよ!」
彩花は豪快にシャツを脱ぎ、スポブラ姿になる。その堂々とした姿に、ユキは思わず安堵して笑ってしまう。
「彩花…なんか、安心するよ。でも、ボク、隅でいい…」
教室の隅でササッとジャージに着替えるユキ。玲が「つまんない~!」と追いかけてくるが、ユキは「もう無理!」と叫び、教室を飛び出す。
(この学校、なんでこんなカオスなんだ…!)
廊下で立ち止まり、ユキは考える。(玲や彩花、みんなボクを「ユキ」として受け入れてくれる…。でも、ボク、本当にここにいていいのかな…?)
鏡によって変わった姿に、ユキは自分の「本当の姿」を問い始める。
3.休み時間のハプニング
休み時間、ユキは教室の机に座り、窓の外を眺める。文化祭の準備で玲や阿鳥亮太と過ごした記憶が、ほのかな笑顔を呼び起こす。
(この学校の生活、変だけど…嫌いじゃない。玲の明るさも、亮太のグイグイくる感じも、なんか…温かい)
ふと視線を前方にやると、玲が女子生徒たちと談笑している。
「アハハ、そーだよね〜! あのドラマ、めっちゃ泣けるよね! 最後、号泣したもん!」
彼女のスカートが少し短めで、机の上に座る姿勢のせいで、チラッとピンクのパンティが丸見えになっている、ユキの視線が、意図せずそのせずその光景に釘付けになる。
ユキの顔が一瞬で真っ赤になる。
(うわ、ヤバい! 見ちゃった…!いや、でも、男の娘だよね!? なんでこんなドキドキするの!?)
慌てて目を逸らそうとするが、視線が戻ってしまう。
女子生徒が「やだ、玲、パンツ見えてるよ!」と笑う。玲は「え、うそ!? いーじゃん、別に!誰も見てないでしょ?」とケラケラ笑い、スカートを軽く押さえるが、全く気にしていない様子。女子生徒たちも「もう、玲ったら!」と笑い合う。
ユキは教科書を開き、必死に目を逸らすが、心臓のドキドキが止まらない。
(誰も見てないって…特等席にいるんだけど…!スルーしろ、ボク! 普通にしろ!)
だが、玲がユキに気づき、ニヤッと笑う。「ユキちゃん! なにボーっとしてるの? 顔、めっちゃ赤いよ~?」
ユキは「な、なんでもない! 教科書読んでただけ!」と叫ぶが、玲が「ふ~ん、怪しいな~!」とからかう。
教室は女子生徒たちの笑い声に包まれ、ユキは机に突っ伏して「もう無理…」と呟く。
だが、教室の喧騒の中で、ユキはふと気づく。玲の無邪気な笑顔、女子生徒たちの温かい声。彼女たちは、玲を「女の子」として受け入れている。
(ボクも…いつかあんな風に笑える日が来るのかな…)
ユキの心に小さな光が灯る。
4.知られざる事実
秋、文化祭の準備作業で練習中のユキの白雪姫姿は、クラスを超えて伝説となっていた。揺れる長い髪、透明感のある笑顔、そして演技の中での儚い美しさ。校内の噂は止まらず、密かに「内田ユキファンクラブ(非公式)」が結成されていた。
リーダー格は、彩花の友人でオタク気質のメガネっ子、美咲。彼女たちはユキの「謎の魅力」に心を奪われ、ユキが使った文房具や体育の汗拭きタオル、果ては白雪姫のドレスの切れ端まで、校内の裏オークションに高値で出品されていた。
ユキ自身はそんな騒ぎを知らず、いつものように2年A組の教室で過ごす。窓際の席で教科書を広げるユキ。
だが、教室のざわめきや、通りすがりの生徒の視線に、ユキは微かな違和感を感じていた。
(みんな、なんでボクのこと見てるんだ…?ボクは…普通に過ごしたいだけなのに…)
ある日、ファンクラブのオークションが過熱。美咲が「レアアイテム」として「ユキの私服パンツ(体育後に教室で拾われた予備のもの)」を出品する。
亮太は、ふざけ半分で「ユキの伝説、ゲットしてやるぜ!」と入札に参加。だが、ユキへの複雑な想いが絡み合い、なぜか熱くなり、5万円で落札してしまう。
しかも、美咲が誤ってオークションのログをクラスのグループチャットに流出させ、「亮太がユキのパンツを5万で落札!」という衝撃の事実が学校中にバレる。
5.嵐を呼ぶ教室
放課後、2年A組の教室は騒然としていた。男子生徒たちが亮太を囲み、大騒ぎ。
「亮太、お前、ユキのパンツに5万円!? マジかよ!」
「なんか…エロいってか、変態すぎるだろ! でも、ユキのなら…わかる…?」
亮太は顔を真っ赤にし、「ふざけて入札しただけだ! 変な意味ねぇよ!」と弁解するが、内心は混乱。
(ユキの無防備な笑顔、体育の後の汗ばんだ姿見てたら…なんか、欲しくなっただけだ…!って俺、何考えてんだ!?)
そこに、ユキが遅れて教室に入る。状況を聞き、「え!? ボクのパンツ!? 亮太が買ったって!?」と絶叫。顔を真っ赤にして机に突っ伏す。
美咲が慌てて駆け寄り、「ごめん、ユキちゃん! ファンクラブが勢い余っちゃって…。でも、ユキちゃんの魅力がすご過ぎるからこうなったの!」と謝るが、事態は加熱。
男子たちの「ユキのパンツ…なんか気になるよな…」というヒソヒソした囁きや、女子たちの「亮太、サイテー!」と紛糾する声で、教室はカオスに。
ユキは耳を塞ぎ、「もう…ボクの私物に変な価値つけないでよ!」と叫ぶ。ユキの怒りに、亮太は胸がドキッとする。
(ユキ…。俺ってやつは…なんて姑息なことを…。でもパンツは返すつもりないけど…)
そこに彩花が割って入り、「ユキの私物を勝手に売るなんて、ファンとしても失格だよ!」とド正論で美咲を諭す。
美咲はしゅんとし、「ユキちゃん、ごめん…。でも、ユキちゃんの輝きが、みんなを夢中にさせたんだよ…」と呟く。
ファンクラブは解散を決意し、ユキは亮太に「パンツ返してよ!」と直談判。
亮太は「まだ届いてねぇよ! っていうか、仮に届いてたら死んでも離さねぇ!」と叫び、ユキの「変態!」という叫び声で教室は再びカオスに。
6.告白の雪崩
騒動から数日、ユキの人気はさらに過熱。下駄箱を開けると、ラブレターの山が雪崩のように溢れ出す。
男子からの「ユキ、君の笑顔に心を奪われた! デートしてほしい!」、女子からの「ユキちゃん、女神! 一緒にカフェ行きたい!」というメッセージに、ユキは「な、なんでこうなるの…!」とパニック。放課後、校舎裏には男女問わず告白の行列ができる。
「ユキ、俺の心は君でいっぱいだ!」
「ユキちゃん、マフラー作ったから、お揃いで着よ!」
ユキは「ご、ごめんなさい! ボク、普通の女の子だから!」と逃げ回る。
亮太は「ユキ、お前、モテすぎだろ! 俺の心まで揺さぶるなよ!」と冗談めかすが、内心(ユキの笑顔…。マジで、ズルいよな…)と胸が締め付けられる。
玲は「ユキちゃん、校内アイドル! 次は全国デビューだよ!」とノリノリで煽る。
連日の告白ラッシュに疲れ果てたユキは、(もう、こんなハプニングは嫌だ…! ボク、普通の生活に戻りたい…)と決意。文化祭のフィナーレイベントで、全校生徒の前で「普通の女の子に戻る」と宣言することを決める。
ファンクラブの残党(美咲主導)や演劇部が「ユキちゃんの最後の輝きを見たい!」と懇願し、男子たちが「最後でいいから、これ着てくれ!」と、アイドル風のフリル付きミニスカート衣装(演劇部特注)を差し出す。
ユキは「絶対嫌だ! 普通に戻るんだから!」と抵抗するが、着用を求める根強い声が。
美咲「ユキちゃん、これが最後の伝説になるよ! ファンのため!」
玲「ユキちゃんのアイドル衣装、絶対神がかってるから!」
押しに負けたユキは「こ、これで最後だからね!」と渋々アイドル風のミニスカ服を着ることに。
(これで…本当に最後だよ…)
7.ステージの光と影
文化祭のフィナーレ、校庭の特設ステージ。ユキはフリル付きのミニスカート衣装で立つ。キラキラした生地が夕陽に映え、長い髪が風に揺れる。校庭に集まった全校生徒が「うおお、ユキちゃん!」「神降臨!」「ユキ! ユキ!」と大歓声。
ユキはマイクを握り、震える声で話し始める。「み、みんな…!私…普通の女の子に戻ります。もう、告白とか、騒ぎとか…」
その瞬間、突風が吹き、ミニスカートがヒラリとめくれる。アンダースコートがチラリと見え、ユキは「キャッ!」と叫び、慌ててスカートを抑える。
声がマイク越しに響き、校庭が一瞬静まり返る。すぐに、「うおお、ユキちゃん!」「あの声、尊すぎる!」「かわいすぎ! 永遠の推し!」と歓声が大爆発。
亮太は「ユキ、お前、なんで毎回…。心臓に悪いんだよ!」と叫びつつ、ユキの無垢な姿に目を奪われる。玲は「ユキちゃん、MVP!」と手を叩く。
ユキは顔を赤らめ、マイクを握り直す。
「もう…! みんな、聞いて! 私…こんなキラキラした姿、最初は怖かった。自分を偽ってるんじゃないかって、ずっと思ってた。でも、みんなが『ユキ』って呼んでくれて、笑ってくれて…私、ちょっとだけ、自分を好きになれた気がする」
校庭が静まり、生徒たちの視線がユキに集まる。
「でも、私…普通の自分に戻りたい。騒がれなくていい。普通に、笑って、友達と過ごしたい。それが、私の…本当の姿だから」
亮太がステージの脇で呟く。「ユキ…お前、すげぇよ。どんな姿でも、お前はお前だ」
彩花が涙ぐみ、「ユキ、最高だよ!」と叫ぶ。玲は「ユキちゃん、キラキラな姿も普通の時も、どっちもステキだよ!」と笑う。
ユキは微笑み、「ありがとう、みんな。ボク…これからも、みんなと一緒にいたい」と言う。
歓声が再び響き、会場の周りは「ユキ! ユキ!」コールに包まれる。ユキは(普通の人生…。まだ遠いけど、みんながいるなら、悪くないかも)と心の中で呟く。
8.エピローグ
特設ステージでの宣言後、校庭の隅でユキと亮太は並んで座る。亮太は照れくさそうに言う。
「ユキ、俺…パンツの件、ほんとごめん。ふざけ過ぎて…なんか、熱くなっちまって」
ユキは笑い、呟く。
「亮太、ほんとバカ。でも…なんか、嫌いじゃないよ。亮太がボクのこと、ちゃんと見ててくれるから…」
亮太は顔を赤らめ、「ユキ…お前がどんな姿になっても、俺にとっては…特別だよ」とユキの目を見つめる。
ユキの胸が温かくなり「亮太、ありがとう。ボクも…亮太のこと、大事だよ」と返す。
風が二人の間を吹き抜け、夕陽が校庭を染める。双魂の鏡が映したユキの姿は、ただの仮の姿ではなかった。それは、悠斗が自分を受け入れ、仲間と共に輝くための第一歩だった。
ユキは思う。
(ボク…この学校で、みんなと一緒なら、本当の自分になれるかもしれない…)
海の見える街の学校で、ユキの輝きは、鏡の波紋となって皆の心に広がり続ける。
(おわり)