第六章:夢の中の決断
1. 夢への突入
神奈川県の海沿いの町、夜の静寂がユキの部屋を包む。ユキはベッドに倒れ込み、疲れ果てた心と体を休める。文化祭のキスシーン、彩花の涙、亮太の告白、澄子の助言、セリカの警告が頭をぐるぐる。
(ボク…悠斗に戻る? ユキのまま? 彩花も亮太も…みんな大事なのに、選べないよ…!)
ユキは独白しながら、深い眠りに落ちる。すると、意識がふわりと浮き上がり、上下左右のない無の空間に漂う。真っ白な霧に包まれた世界、足元も天井もない。ユキは「う、うわ! ここ、どこ!?」と声を上げる。
そこに、長い黒髪と古風なドレスをまとったセリカが現れる。彼女の目は鋭く、だがどこか優しい光を宿す。
「決断の時は来た。ユキ…いや、悠斗。汝の心は定まったか?」
ユキは「そんな…急に言われても…!」と震える。セリカは冷たく続ける。
「心が定まらなければ、汝の魂は永遠にこの空間をさまようことになる」
ユキは「え、そんな!? ボク、現実の世界から消えちゃうの!?」とパニックになるが、セリカは静かに手を掲げる。
2. ユキと悠斗の対話
セリカの手が光ると、ユキの体がふわりと揺れ、突然、ユキと悠斗が分離する。ユキは文化祭での白雪姫のドレスをまとい、キラキラした瞳。悠斗は気弱そうな表情で、いつもの地味な制服姿。無の空間に二人が向き合う。
「う、うわ! ボクが…二人!?」とユキが叫ぶ。悠斗は俯きながら呟く。
「僕…気弱で、いつも誰にも見てもらえてないと思ってた。学校でも、目立たない存在で…。でも、彩花はずっと僕のこと見ててくれた。幼稚園の頃の『結婚しよう』って約束…。あの時の笑顔、ずっと覚えてる。彩花の気持ちに、僕もちゃんと応えたい…」
ユキは少しムッとして反論する。
「でも、ボクだって! 文化祭でドレス着て、玲のメイクで舞台に立った時、初めてのドキドキと輝きを感じたよ! みんなの視線、拍手…あんな気持ち、悠斗のままじゃ味わえなかった! それに、亮太の真剣な眼差し…。『ユキ、きれいだよ』って、あの言葉、めっちゃドキドキした! ユキとしての輝き、絶対失いたくない…!」
二人の声が響き合い、無の空間にこだまする。セリカは静かに見つめ、「ふむ…まだどちらか決めかねているようだな。仕方ない。特別サービスで、汝の周りの者たちの魂をここに呼んでやろう」と呟き、手を振り上げる。
3. 彩花、玲、亮太の心の声
セリカの手が光ると、無の空間に彩花、玲、亮太がふわりと現れる。三人は夢の中の姿だが、それぞれの心が透けて見えるような、リアルな表情を浮かべる。セリカは厳かに告げる。
「この者たちの心の声を聞き、最後の決心をするがよい…」
(彩花の告白)
彩花は涙目で、だが力強くユキと悠斗を見つめる。
「悠斗のこと…小さい頃からずっと好きだった。幼稚園で『結婚しよう』って約束した時、悠斗の笑顔が大好きだったの。高校でまた一緒に過ごす時間が増えて、改めて自分の気持ちに気づいた。ユキが現れて、悠斗の姿が消えた時、なんでか分からないけど、ユキのこと気になって…。玲や亮太と仲良くしてるユキ見ると、胸がギュッて苦しくなったの。ユキが悠斗だって知った時、なんか…ホッとした。やっぱり私、悠斗のことも、ユキのことも、どっちも好きだったんだって! 悠斗でもユキでも、私には関係ない! あなたはあなたよ!」
彩花の声は熱を帯び、ユキと悠斗は目を潤ませる。悠斗が「彩花…」と呟く。
(玲の激励)
玲はキラキラした笑顔で、ミニスカートをひるがえし、ユキと悠斗に近づく。
「私さ、今の高校に入る前、地元で男の子として過ごしてたの。父さんが『男らしくしなさい』ってうるさくて、ずっと自分を隠してた。でも、本当は可愛い服とかアクセサリー、めっちゃ好きだった! 高校デビューで女の子の格好で学校行ったら、最初、みんな変な目で見てきたけど…私、気にせず自分らしく輝こうって決めたの! そしたら、だんだん『玲、かわいい!』って言ってくれる子が増えて、私、ここにいてもいいんだって思えた。ユキちゃんを初めて見た時、『この子、私に似てる…』って感じたの。自分の殻を破れば、絶対に輝けるはずだって、私信じてるから。ユキちゃん、悠斗くん、昔の私みたいにビクビクしないで! 自分を愛して、キラキラ輝いて!」
玲のウインクに、ユキは「玲…そんな過去があったなんて…」と感動し、悠斗は「ボクも…自分を好きになれるかな」と呟く。
(亮太の真心)
亮太は照れながら、少しはにかんでユキと悠斗を見つめる。
「俺さ、今まで女の子と話すのは得意でも、好きになるってのがよく分かんなかった。サッカーと仲間とのバカ騒ぎで十分だったんだ。でも、ユキが目の前に現れて、なんか…心が動いた。ポスター作って手が触れたり、脚立から落ちそうになったユキ抱き止めたり…ユキの赤面する顔、めっちゃ可愛くて! 文化祭でキスした時、ユキの目見て、俺、やっぱりユキのこと好きだって実感した。それに俺が昔、喧嘩でズタボロになった時、悠斗が傷の手当てをしてくれたこと…。ユキのはにかんだ笑顔とか純粋な感じに、悠斗の優しさを重ねていたのかもしれないな…。ユキが本当は悠斗だとしても、女とか男とか、俺には関係ねぇ。ユキでも悠斗でも、俺、これからも一緒に過ごしたいんだ!」
亮太のストレートな言葉に、ユキは顔を真っ赤にし、「亮太…!」と声を漏らす。悠斗は「ボク、男なのに…なんでこんなドキドキするんだよ…」と戸惑う。
4. ユキと悠斗の決意
彩花、玲、亮太の心の声が響き合い、無の空間が温かい光に包まれる。ユキと悠斗は互いを見つめ、ゆっくりと手を握り合う。ユキが先に口を開く。
「ボク、ユキとして輝くの、ほんと楽しかった。舞台でみんなの拍手聞いて、亮太の真剣な目見て、玲のキラキラに憧れて…。ユキの輝き、絶対失いたくない!」
悠斗が頷き、続ける。
「でも、ボクの気弱な性格も、ボクなんだ。彩花がずっと見ててくれた、幼稚園の約束を覚えててくれた…。それが、ボクの宝物。彩花の気持ちに、ボクもちゃんと応えたい!」
二人の声が重なり、力強く叫ぶ。
「悠斗の気弱さも、ユキの輝きも、どっちもボク! 彩花、亮太、玲…みんなと一緒に、もっと楽しい学校生活を送りたい!」
セリカは静かに見つめ、「それが汝の答えか…」と呟き、ニヤリと笑う。彼女の手が光り、無の空間がまばゆい輝きに包まれる。
「よかろう。試練は果たされた。汝の人生に幸あらんことを!」
セリカの声が響き、ユキと悠斗の姿が一つに溶け合い、空間が消える。
(ボク…試練、乗り越えた…?)
セリカの声が遠くで響く。
「汝の心は定まった。さぁ、進め」(つづく)