第70話: 「約束の先にあるもの」 (土曜日)
前回の“約束”が静かに実を結び、ふたりが再び時間を共有する一日。関係性の節目となるよう、言葉にしきらない感情が少しずつ形になるような構成にしました。
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待ち合わせの空気
土曜日の午前。 リンコは、少し早めに待ち合わせ場所に着いていた。 空は高く、風は冷たい。けれど、昨日よりも澄んでいる。
ベンチに腰掛けて、スマホを見つめる。 “秋の匂い、もう一度拾いに行きませんか?” 自分が送ったその言葉が、今も胸の奥に残っている。
先輩は、約束の時間ぴったりに現れた。 「お待たせしました」 「いえ、私が早かっただけです」
ふたりは並んで歩き始める。 今日は、目的地は決めていない。 ただ、“また”の続きを拾いに来た。
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言葉の輪郭
午後。 ふたりは、街の小さなギャラリーに立ち寄った。 展示されていたのは、地元の写真家による“季節の気配”をテーマにした作品。
リンコが、ある一枚の前で立ち止まる。 枯れ葉が舞う瞬間を捉えた写真。 その余白に、何かを感じた。
「…言葉にしないまま残るものって、こういうことなんですかね」 先輩が隣でうなずく。
「それを拾うのが、広報部の仕事で。 でも、俺たちは…氷川が、氷川達が拾ってくれるから、言葉にできるんだよ」
リンコは、少しだけ笑って答える。
「…それ、嬉しいですねぇ。というわけで、そんなシゴデキの後輩に、美味しいもの御馳走してくださいよ」
「そうだな、写真じゃ、お腹はふくれないからな」
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節目の予感
ふたりは、喫茶店で温かい飲み物を手に、静かに時間を過ごしていた。 会話は少なかったが、沈黙は心地よかった。
先輩が、ふと口を開く。
「来週、企画部でちょっとした社内イベントがあって。 …広報部にも声をかけようと思ってるんだけど」
リンコが少し驚いたように笑う。
「イベントって、どんな?」 「“言葉”をテーマにした展示と対話の場で、 …広報部の文章と、企画部のコピーを並べてみる試み」
リンコは、少しだけ考えてから答える。
「…それ、面白そうですね。 広報部としてじゃなくても、個人として参加してみたいです」
先輩は、静かにうなずいた。
「じゃあ、来週。 “言葉”で。何か気を引きそうなコピー考えてみてよ」
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余白の中にあるもの
夜。 リンコは、帰宅後に社内報の下書きを開いた。 今日の時間を、まだ言葉にはできない。 でも、何かが確かに残っている。
「約束の先には、言葉にならない気持ちが、静かに輪郭を持ち始める。」
その一文を打ち終えたとき、彼女は少しだけ息を吐いた。 節目は、静かに訪れていた。
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次回は第71話、日曜日編。 ふたりがそれぞれの時間を過ごす中で、昨日の“約束”がどう響いていくか。




