第64話: 「秋の匂いを拾いに」(日曜日)
札幌のオータムフェストという秋の空気に満ちた舞台で、ふたりの距離がほんの少しだけ近づくような、静かで温かい一話に仕立ててみます。
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待ち合わせの午前
日曜日の午前。
大通公園の空は高く、風は少し冷たい。
出店の準備はすでに整っていて、香ばしい匂いが街に広がっていた。
章太は、待ち合わせの場所に少し早く着いていた。
ベンチに腰掛け、スマホを見ながら、昨日のリンコの返信を思い出す。
「いいね。先輩。秋の匂い拾いに行きましょう。もちろん先輩のおごりで」
その一文が、今日の空気を少しだけ柔らかくしていた。
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リンコが現れたのは、約束の時間ぴったりだった。
白いニットに、グレーのコート。
「お待たせしました」
「いや、こっちが早かっただけだよ」
ふたりは並んで歩き始める。
さすがは休日の札幌中心部、大勢の人で賑わっている。観光客もいるだろう。
「この匂い、なんか懐かしくないですか?」
「秋って、記憶に触れる季節かもしれませんね」
リンコは実に楽しそうだ。
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午後の会話
午後。
ふたりは、少し離れたベンチに腰掛けていた。
手には温かい飲み物。言葉は少なかったが、沈黙は心地よかった。
リンコは、章太の横顔を見ながら思う。
“誰かと過ごす時間”は、こういう静けさの中にあるのかもしれない。
「先輩」
「はい」
「昨日のメッセージ、ちょっと嬉しかったです」
章太は少しだけ驚いたように笑う。
「それは…よかった。言葉にするの、ちょっと迷ったんだけどな」
「でも、言葉にしてくれたから、来られました」
そのやりとりは、ほんの数秒だったけれど、ふたりの間にあった“余白”が、少しだけ埋まった気がした。
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夕暮れの気配
夕方。
空が少しずつ赤く染まり始める。
ふたりは、公園の出口に向かって歩いていた。
「また、こういうの…あるといいな」
章太の言葉に、リンコは逡巡した。お祭りのことだろうか?二人で街に繰り出すことだろうか?
「先輩がまた、かわいい後輩におごってくれる?ってことですか」リンコは屈託なく笑ってみせた。
その言葉に、章太は小さく笑った。
日曜日の終わりに、ふたりの距離は、確かに近づいていた。
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