第5話:「沈黙の階数表示」** (金曜日)
週の終わり、ふたりだけが共有する静かな“沈黙”の魔法を味わってください。
金曜日、20時過ぎ。
社内のフロアは静かだった。誰もが帰路につきはじめていて、残っているのは数えるほど。
氷川リンコは資料の修正を終え、ノートパソコンを閉じた。
エレベーターホールに向かうと、すでに1人、背中越しに見覚えのあるスーツ姿がいた。
「…先輩、遅くまで残ってるんですね」
先輩は振り向き、少しだけ目を細める。
「企画修正が思ったより手強かった。そっちは?」
「広報文がバグりました。しんどめです」
軽く笑い合ったあと、エレベーターの「⭣」ボタンが青く光った。
扉が開き、ふたりは並んで乗り込む。
静かな空間。反射するステンレスの壁に、ふたりの姿がぼんやり映っていた。
10階 → 9階 → 8階
沈黙が続いているのに、どこか居心地が悪くない。
階数表示の赤い数字だけが、ゆっくり時間を刻んでいた。
「…金曜って、たまに“帰りたくない日”になりますよね」
リンコがぽつりと呟いた。
先輩は少し考えてから、口を開いた。
「そういう日は、寄り道するといい」
「どこに?」
「誰かの近くとか。缶コーヒーの棚とか」
リンコは、思わず吹き出す。
「それ、絶妙にセンスあるようで…ない!」
ふたりは笑った。静かなエレベーターに、柔らかな空気が流れる。
3階 → 2階 → 1階
到着のチャイムが鳴る。
扉が開く瞬間、ふたりの視線がほんの一瞬だけ重なった。
「じゃあ、また月曜」
先輩の声に、なぜか“また”の余韻が長く残った。
ビルの外は、金曜夜の灯りが滲んでいる。
その中で、沈黙の魔法を心にしまいながら歩き出すふたりだった。
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いかがでしたか?階数表示が減っていく時間とともに、心の距離もじわじわ近づくような回でした






