第4話:「このひとくち、距離感注意」** (木曜日)
ランチタイムの“ひとくち”が距離をちょっとだけ変える瞬間——どうぞじんわりと味わってください
木曜日。
昼休み、社内食堂の匂いは今日もカレー寄り。
氷川リンコは、少し出遅れてランチスペースを歩いていた。
空席はまばらで、ふと視界に入った後ろ姿が——
「…先輩、食べるの早すぎっしょ」
企画部の先輩は、静かに自席でコロッケパンをかじっていた。
その様子を横目に、リンコは隣の席に座る。
「ひとくちもらってく?って顔してるよね?」
「してない」
「え〜、今絶対してた。わたし、察し力だけはあるんで」
そう言いながら、リンコは自分のサンドイッチをひょいと差し出した。
「たまごサンド、好きっしょ?ひとくちどーぞ」
先輩は、ほんの少し眉を上げて、それから一口だけかじる。
静かな時間の中で、カレーの匂いとたまごの甘みが混ざる。
「…うまい。味よりタイミングが良かった」
「え、それ褒めてる?ディスってる?」
「8:2で褒めてる」
リンコは小さく笑って、ジュースのストローをくるくる回す。
何気ない一口で、心の距離がほんの少しだけ動いた気がした。
隣のテーブルでは他部署が楽しそうに話している。
でも、この席のふたりだけが共有した味とタイミング——
木曜ランチ、距離感注意報。
でも、気づかないふりして進みたくなる午後だった。
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味とタイミングでつながる関係…食堂の椅子に座っただけなのに、ちょっと甘い空気が流れる回でしたね