第34話:「話さなかった話を、持ってきた夜」** (金曜夜)
書店併設のカフェでのふたりの食事**と、“話さなかった話”がそっとテーブルに置かれるような静かな夜を描いていきますね。
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駅から少し歩いた先の、書店併設の静かなカフェ。
リンコは先に着いて、窓際の席で本を眺めながら先輩を待っていた。
数分後、ネイビー以外のライトグレーのシャツを着た先輩がふらりと現れる。
「…混んでなくてよかった」
「この時間、書店の方が賑やかかもですね」
ふたりは、静かなテーブルでメニューを開く。
決めたのは、パスタとホットドリンク。お互い、言葉は少なかった。
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料理が届くまでの間、リンコはふとカバンから小さなメモ帳を取り出した。
「歓迎会の時、先輩が笑ってるって話題になってて。
…私の席からは、実は見えなかったんです」
先輩は驚いたように眉を少し動かした。
「…笑ってたかどうか、あんまり覚えてないな」
「でも、“笑ってたって聞いた”だけで、
なんかその瞬間、ちょっと羨ましかったんです。隣にいた人が、って」
先輩は、言葉を選びながら答える。
「たぶん、“誰と座ってたか”より、“何を残したか”の方が今は大事かも」
「残した…?」
先輩は、スマホを取り出し、社内報のURLを見せた。
「氷川の文章。 ほら
“週の終わりに残るのは、言えなかったひと言かもしれない”ってあった」
リンコは、少しだけ目を伏せる。
「それ、書きながら自分に向けて言ってました。
…誰にも言わなかったけど、持ってきてた言葉なんです」
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料理が運ばれ、ふたりは静かに食べ始める。
会話はそれほど多くはなかったけれど、言葉の余白が温かかった。
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食後、先輩がふと口を開く。
「次の社内報、“読まれる側の視点”をテーマにしてみない?」
「…それ、企画部と広報部が“同じ場所から違う角度で書く”ってこと?」
「そう。“言葉の届き方”に差があるのを、伝えてみる。
…氷川なら、書けると思ってる」
リンコは、笑顔でうなずいた。
「じゃあ、それが次の“言えなかったこと”にならないように、ちゃんと形にします」
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金曜の夜は、“持ってきた言葉”が交差する時間だった。
ふたりはまだ“何か”を始めたわけではない。
でも、その夜を境に、言葉の温度が少し変わっていた。
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ふたりが“関係性のはじまり”ではなく、“言葉の重なりから歩き出す夜”として描けたと思います。




