第32話:「業務のなかに、気配は紛れていた」** (木曜日)
週末に向けて少しずつ動き始める空気の中で、**ふたりの“準備していないふり”**と、日常業務の合間にふと浮かぶ“誰か”の存在をさりげなく描いた一話にしてみますね。
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木曜の午前。
リンコは、次月号の特集企画のために先方とのメール調整をしていた。
件名:「納品スケジュール再調整の件」
本文を打ち込む手が、一瞬だけ止まる。
「…週末の予定、入れるなら今のうちに時間確保しておかないと」
それは社内報の進行ではなく、自分の中の“予定になりそうなもの”についてだった。
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企画部。
章太は、次週の提案資料の構成チェックをしていた。
PDFをスクロールしながら、フッターの一文に目が留まる。
> “新しい視点を加える時、受け取る側の静けさも意識して”
「…静けさ、か」
ふと、リンコの文章を思い出す。
“言えなかったひと言”という表現が、資料の温度と重なって見えた。
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昼休み。
広報部の未来が、社内チャットで何気なく書き込む。
> 金曜の夕方、カフェ混むかも。みんな歓迎会の余波で外出モード
リンコはその文字を見て、返信せずにブラウザを閉じた。
でも、予定表には“星印”だけ、そっと残しておいた。
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夕方。
ひよりは、提案資料のラフ案を先輩に見せながら口を開く。
「先輩、この言葉、“届く人を決めない”感じにしてみました。
…たぶん、誰が読んでも引っかかるけど、誰かのことを言ってるようで言ってない」
先輩は目を通して、うなずく。
「良いと思う。“余白の作り方”は企画にも使える」
「先輩がそう言うと安心します。
…でも、“誰か”って、たまに仕事中にも浮かんだりしません?」
その言葉に、先輩は返さず資料を整えた。
ひよりは「あ、黙るってことは“浮かんでる”っぽいですね」と笑う。
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夜。
リンコは、帰り道に通った駅ビルのカフェをふと見上げた。
金曜の夜。
“選ばれなかった席”のことを思い出しながら——
今度は“選ばれるかもしれない席”について、静かに考えていた。
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木曜日は、“業務のなかに紛れた気配”がゆっくり広がる日だった。
誰も確かめようとしないけれど、誰かを思う手前の気持ちが静かに輪郭を持ち始めていた。
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お仕事の流れのなかに、ふと浮かぶ“誰か”の存在がにじみ出るような静かな一話になったと思います。




