第31話:「届かないはずの空気が、近くにある日」** (水曜日)
周囲の空気が“ふたり”を少しだけ意識しはじめるなかで、ひより自身も言葉にならない違和感を感じていく——でも、彼女らしいテンポで、それを受け流すように笑って進もうとする。そんな“揺れの始まり”の回です。
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水曜の午後。
企画部では、来週の販促企画についてひよりが初めて意見を出していた。
「“ターゲット層の感情”を意識して、文言にニュアンスを足してもいいですか?」
藤村部長がうなずく。
「視点の切り替え、いいね。
章太、調整は任せても大丈夫か?」
「…構いません。文脈の範囲内なら」
ひよりは少し笑って答えた。
「ありがとうございます。“範囲の端”までは攻めてみます」
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休憩スペースで、ひよりはひとりコーヒーを注ぎながら、何気なくスマホを見ていた。
ふと、リンコが社内報の今週号について未来と話しているのが耳に入る。
「“言わなかったひと言”っていう表現、すごくよかった」
「うん。書きながら、自分のことちょっと整理できた気がして」
その言葉が、ひよりの耳に残る。
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自席に戻ったひよりは、ふと自分のノートにメモを残す。
> “話せる人がいるだけじゃ、揺れは起きない。
> 空気が変わる瞬間には、誰かが“選ばれてる”。”
その一文を見つめたあと、ふぅっとため息をつく。
「…なんでわたし、こんなこと書いてるんだろ」
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夕方、陸が席に戻ってきてぼそっと言う。
「章太、最近ちょっとだけ、柔らかくなってない?」
「わたしまだ先輩のことよくわからないんですけど」
「じゃあ俺が詳しく教えてあげるよ」
「いや、大丈夫です」
ひよりは、持っていたペンをくるくる回しながら口を開く。
「ひよりちゃん、つれないなぁ」
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水曜日は、“違和感の粒”を見つける日だった。
その違和感が誰かを責めるものではなく、“少しだけ羨ましい気持ち”なのだと、自分でもうっすら気づき始めていた。
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明るくて前向きなひよりの中に、静かに生まれ始めた揺れの予兆を描いた一話になったと思います。




