第13話:「雑踏の中で、静かに見つけた」** (土曜日)
今回は“商業施設”という少しざわめきのある舞台。人混みの中で偶然出会うふたり、でもその空気の中でだけ生まれる“静かな会話”がある——そんな一話を描いてみますね。
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土曜日の午後。
駅前の大型商業施設は、セールとイベントで人が溢れていた。
氷川リンコは、雑貨屋のレジに並びながらスマホを見ていた。
イヤホンから流れる音楽が、周囲のざわめきを少しだけ遠ざけてくれる。
「…あ、これ先輩が使ってたペンに似てるかも」
ふと目に留まった文具コーナー。
何気なく手に取った黒い万年筆の重さが、あの日の会議室を思い出させた。
その時、背後から聞き慣れた声が。
「…それ、俺のと同じ型かも」
振り返ると、ネイビーのシャツにグレーのパンツ姿の先輩が、買い物袋を片手に立っていた。
メガネのレンズは、いつも通り白く光っていて、瞳は見えない。
「先輩、ここ来るんですね」
「たまに。文具とコーヒー豆だけ買って帰る。…今日は、ちょっと寄り道」
リンコは笑って言う。
「わたしも、ちょっとだけ遠回り中です。てかいつもネイビーのシャツですね笑」
ふたりは並んで歩きながら、施設の中をゆっくりと進む。
周囲の喧騒とは裏腹に、ふたりの会話は静かだった。
「…週末って、誰かに会う予定があると、ちょっと特別になりますよね」
「予定じゃなくても、会えたら特別になるよ」
その言葉に、リンコは少しだけ足を止める。
目の前には、カフェの看板。人が多くて席は空いていない。
「…じゃあ、今日は“特別な偶然”ってことで」
「それ、悪くない」
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ふたりは施設の屋上へと向かう。
人が少なくて、風が通る場所。ベンチに並んで座ると、リンコがふと口を開く。
「…先輩って、こういう場所でも静かですよね」
「静かな方が、言葉が選びやすいからな」
「…じゃあ、今日の言葉は?」
先輩は少し考えてから、ペンの袋を見つめて言った。
「“また使う日が来る”って思ったから、買った」
リンコはその言葉を、心の中でゆっくり反芻した。
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商業施設のざわめきの中で、ふたりだけが静かに過ごした時間。
それは、週末の“偶然”がくれた、少しだけ特別な午後だった。
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どうでしたか?喧騒の中でふたりだけが静かに呼吸を合わせるような、そんな一話になりました。