第10話:「会議室、鍵とふたり」** (水曜日)
ふたりの関係が週の中盤にさしかかる頃。“ふたりきりの偶然”をきっかけに、物語がまた一歩進む空気を描いてみました。今回は先輩との距離がじわっと近づく水曜日の一話です。
午後3時。
会議室の使用予定がずれ込んで、先輩とリンコは偶然、企画プレゼン用の仮準備室に閉じ込められた。
リンコは資料を手にしながら扉をがちゃっと押す。
「…え、閉まってる。誰か鍵かけた?」
「未来さんの言ってた“ちょっとした事件”って、このことだったかもな」
「え?それ伏線あったの?」
先輩は静かに笑って、プロジェクターの電源を入れる。部屋にはわずかな蛍光灯の明かりと、小さな窓からの柔らかな光が差し込んでいた。
「このプレゼン資料、広報目線で見てくれる?」
リンコは頷いて隣に座る。
画面に映るグラフと文章。
でも視線は、ふたりの距離に少しだけ引き寄せられる。
「…先輩って、企画の中身より“伝える角度”を意識してる感じしますね」
「そっちの角度で伝えたい人がいるから」
リンコは少しだけ言葉に詰まり、それから手元のペンで紙をくるっと回す。
「じゃあ、言葉も選ばないとですね。“伝わる人”がいるなら」
先輩はその言葉に、珍しくメガネのレンズ越しにリンコを見た気がした。
「…そうだな、“伝わる人”には、選んだ方がいい」
沈黙。
でもその静けさは、不安ではなく“共有”だった。
少しして、扉の外で陸の声が聞こえた。
「うわ〜閉じ込めてたの俺っぽいわ!今鍵開けるから!」
ふたりは顔を見合わせて、笑った。
「…水曜、意外と動きあるかもですね」
「木曜以降、もうちょっと動かしてもいいんじゃないか?」
その言葉の“もうちょっと”に、やさしい含みがあった。
扉が開く。
でも“閉じ込められた時間”だけが、ふたりの記憶にそっと残った午後だった。
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どうでしたか?ふたりきりの会議室での、静かなやりとり。
視線や言葉の選び方ひとつで、関係性がふと深まる瞬間を描いてみました。